なな色の雲
彩京みゆき
第1話
やけに鮮やかな、くっきりとした七色の雲。
私の頭上高くの空に、いつもある。
ここ一ヶ月ぐらい、ずっと。
冷たく、空が澄み渡った一月の事。
婚約者で、近々式を挙げる予定の彼に聞いてみたら、
「えっ!?」
何も見えないと言われた。
同僚に聞いても、誰に聞いても同じく・・・。
目が悪くなったのか、或いはメンタル的なものなのか・・・。
でも、どこかで見覚えがあるような、忘れてはいけないような気がしてた。
どうにも気になって仕方がないので、SNSに呟いてみた。
「ずっと動かない、七色の雲を知っている方いますか?」
すると、コメントでは無く、メッセージが届いた。
コメントで公開するにはどうかと思ったようで、それは同郷で小学校が一緒だった
「
私は、香澄と電話で話す事にした。
「ゆずくん、覚えてないの?」
全く覚えていなかった。
やけに気遣うような香澄の話しぶりに、ただならぬ空気を感じた。
「亡くなったんだよ。
花梨が、それよりも以前に、七色の雲をゆずくんと見たって、嬉しそうに言ってた・・・」
彼とは、仲が良かったんだろうか・・・。
彼は、何で亡くなってしまったのか。
それは、とても大事な事に思えて、ゆずくんの事について調べる事にした。
彼の名前を元に、ニュースを検索してみた。
『神尾
「えっ・・・!?」
私は週末を利用して実家に戻る事にした。
北関東の田舎町。
過疎化が進んでいて、すっかり寂れていた。
悠月くんの家もご両親も引っ越ししたようで、そこにはもう何も無かった。
実家に帰り母に悠月くんの事を尋ねてみると、言いにくそうに、二人はいつも近所の神社で遊んでいたと教えてくれた。
小学四年生の頃、二人は遅くになっても帰らずに、警察に補導された騒ぎがあったと。
その時に、事件が明らかになったのだと・・・。
私はその神社に行ってみる事にした。
空を見上げると、やはり七色の雲が相変わらずそこにある。
どんどん、色鮮やかに・・・。
人の居ない、寂れた神社だった。
こんな所にあったっけ。
フィルターがかかって、ノイズ混じりの記憶。
「花梨・・・」
「ゆずくん・・・」
フラッシュバックするように、
記憶が蘇って来た。
ゆずくんと見上げた空、神社の境内の屋根に太陽が隠れて、七色に輝く雲が見えてた。
彩雲だった。
「綺麗だね・・・」
今日の景色を、絶対忘れないようにしようって。
二人で約束した。
特別な雲に見えた。
それから私は、神尾家の墓地、ゆずくんの所に向かっていた。
四年生の頃、ある日何気なく寄ったその神社に、ゆずくんを見つけた。
ゆずくんは、賽銭箱に小銭を入れると
「神様は、願いを叶えてくれるのかな・・・」
一人、そう呟いていた。
ゆずくんに声をかけると、お気に入りの隠れ家だって。内緒だよって教えてくれた。
なぜだか、ゆずくんは暗くなるまでいつもそこにいた。
初夏の頃だった。
ゆずくんが水道で手を洗ってた時、何気なく見えたシャツの腹部に、赤黒く酷い痣が見えた。
子供の私でも、何となく、それで察することが出来た。
ゆずくんは、いつも家に帰りたがらなそうで、それでも、お母さんが待ってるからって帰って行ったのだ。
私は、今日は帰らなくていいよって。
暗くなってもそこに二人でいた。
少しお腹が空いたら、商店街で焼きそばパンとプリンを買って、二人で食べた。
結局、二人が遅くまで帰らずに騒ぎになって、警察に補導され、ゆずくんはしばらく保護された。
ゆずくんは、母親の連れ子で、義理の父親から殴られていた。
あの騒ぎでそれが明らかになり保護されたけど。
ゆずくんは、しばらく経ってまた親元に帰されてしまった。
本当の事件はそこからで。
補導騒ぎに激昂した義父が、ゆずくんを酷く殴った。
そして、ゆずくんは、もう帰って来る事は無かった。
たった10年の命だった。
私は、ゆずくんが好きだった。
ゆずくんを、助けたかったんだ・・・。
私の、小学四年生の頃の記憶は空白だった。
後で母に聞いた。
私はその後酷く塞ぎ込んで、ほとんど話も出来ず、しばらく抜け殻のようだったと。
小さな私の心は、
大切な人を失った痛みで、
壊れていた・・・。
ゆずくんのお墓の前に、花を備えた。
焼きそばパンとプリンも一緒に。
全部、思い出した・・・。
頭上には、まだ鮮やかな、彩雲と言うにはハッキリ過ぎる七色に染まった雲があった。
『あの時の雲?』
忘れないって、約束したのに・・・。
小さな私には、何もかもが受け止められなかった・・・。
「ごめん、ゆずくん・・・」
助けられなかった。
ゆずくん、
怒ってるの?
私を恨んでるの・・・?
私は、そこに崩れ落ちるようにして、
声を上げて泣いた。
・・・その時、七色の雲から、キラキラとした黄金の光の粒が、いくつも、はらはらと舞い落ちて来た。
それは頭上から、私を包み込むように降り注いでいた。
ゆずくんの、声が聞こえた。
『恨んでなんかないよ、
ありがとう、花梨。
楽しかったよ。
幸せになってね・・・』
私は、優しく、暖かい光に包まれていた。
黄金の光の粒は、私を包み込むと、やがてフワっと消えた。
「ゆずくん・・・」
見上げると、七色の雲は消えていた。
二月の肌寒い、晴れた空。
あれから、七色の雲は現れなくなった。
私には、あれが現実だったのか幻だったのか分からない。
もしかすると、私の悲しみと後悔が見せた幻影だったのかもしれないけど・・・。
でも、ゆずくんの声を、胸にそっと大事にしまっておこうと思った。
それから、
結婚式当日。
急な通り雨だった。
それでも式が終わる頃には晴れ間が見えて。
「見て、虹・・・!」
窓際からの声が聞こえて。
見ると七色の、二重の虹が見えていた。
『おめでとう・・・』
空から、少年の声が聞こえた気がした・・・。
なな色の雲 彩京みゆき @m_saikyou
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