思わぬ再会④

 食事を終えた私は構外に出て駅舎の写真を撮っていた。正面から見るとやはり堂々としている。それでいて古めかしい。掲げられた駅名標には『ごうど』と大きく駅名が記されており、昭和を舞台としたドラマや映画に出てきそうな雰囲気を醸し出していた。ペンキで直接書いたような字体がまた味を出している。


 と、駅前の大きなロータリーに1台の乗用車が止まった。ここは鉄道ファンの間では人気が高く、車で訪問する人も多いと聞く。今回もそういったパターンだろうか。ナンバーは横浜だった。


 運転席と助手席から1人ずつ降りてきた。運転していたのは40~50代くらいの男の人。助手席からは私と同い年くらいの女の子。父娘だろうか。2人ともそれなりの額がしそうな大きめのカメラを持っていた。


 ふと、助手席の女の子と目が合った。女性の鉄道ファンは珍しいから目についたのかもしれない。まあ、かく言う私も同じような理由で彼女のことを眺めていたわけだけど。


「みずほ?」


 助手席の女の子が私の名前を呼んだ。いや、待て。どうして私の名前を知っている? もしかして、昔の知り合いか? 誰?


 思考を巡らせているうちに彼女は私の側に駆け寄ってきた。


「やっぱりみずほじゃん! 久しぶり! 偶然だな!」


 彼女は私を知っているていで話しかけてくる。まずい、思い出さないと。


 えっと、私が忘れてるくらいだから幼い頃の知り合いだろうか。それこそ幼稚園とか小学生くらいの。見た感じ鉄道が好きそうだ。鉄道好きの女子は数が少ないから記憶を漁れば答えは出てくるはず……。


「あっ」


 そのとき、脳裏に1人の女の子の名前がよぎった。


「さくら?」


 幼馴染みのさくら。私を鉄道沼へ引き込んだ張本人。まずい、子供の頃一番仲良かった子なのに忘れてた。


「みずほさ、私のこと忘れてたろ?」


 図星だ。申し訳ない。


「ご、ごめん」


「いいよいいよ。随分連絡してなかったし」


 さくらは気さくに流してくれた。助かった。


 目の前の幼馴染みは春物のパーカーにショートパンツ、黒のタイツに桜色のスニーカーという出で立ちだった。随分と動きやすそうな格好だ。でも、短く切りそろえられた髪とぱっちりとした目元は昔と変わらない。ただ、胸元で主張しているどでかいカメラだけがアンバランスさを感じさせた。


「おお、みずほちゃんか。久しぶりだね」


 運転手のおじさんが声をかけてきた。この人はさくらのお父さんだ。さくらの鉄道好きはこの人の影響。子供の頃は私も一緒に色んなところに連れて行ってもらった。とてもお世話になった人だ。


「おじさん、お久しぶりです」


「こんな偶然もあるものなんだね。みずほちゃん、まだ鉄道好きでいてくれたんだ」


「それは、はい。大好きです。今はこんな相棒もいますし」


 愛機のカメラを持ち上げた。さくらのお父さんは感心したような目で一瞥してくれた。


「そうなんだ。おじさん、嬉しいよ」


「いや、そんな。自分の趣味の話ですし」


 そう言ったところでハッと我に返った。そうだ、時間。腕時計を見る。あと10分ほどで乗る予定の桐生きりゅう行きの列車が来てしまう。


「あの、すみません。積もる話もあるんですが、もうすぐ帰りの列車が来てしまうので……」


「ああ、そうかい……」


 残念そうな顔で返された。本当にごめんなさい。


「あっ、ちょい待ち」


 駅舎の写真を撮っていたさくらに腕を掴まれた。


「あれならうちの車で送るよ。みずほ、引っ越したりとかしてないだろ?」


「いいよ、悪いよ。それに、移動はできるだけ鉄道でしたいっていうか」


 移動は極力鉄道で。これは今の私のポリシーだ。


「ああ、そう。んじゃ、こうしよう!」


 妙案を思いついたと言わんばかりに車に戻ると、カメラをケースにしまって後部座席から小さめのザックを取り出した。もしかして、これがさくらの荷物なのだろうか。


「お父さん。私、みずほと一緒に帰るから。いいっしょ?」


 はあ!? 突然何を言い出してるんだ、こいつは。


「まあ、構わないけど」


「よっしゃ! んじゃ、行こうぜ、みずほ!」


 そう言って突然引っ張られた。いや、待て待て。私は一言も許可した覚えはない。


「ちょ、ちょっと、さくら!」


 強引だ。実に強引だと思った。そういえば、彼女は昔から1人で勝手に行動するきらいがあった。それを思い出すと、なんだか懐かしい気持ちになって、はやる彼女を止めることなど到底できなかった。

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