思わぬ再会⑤

 さくらと一緒に乗り込んだ桐生きりゅう行きの列車は行きに乗ったものと同じだった。きっと間藤まとうまで行って折り返してきたやつに乗ったのだろう。進行方向左側、渡良瀬川わたらせがわを眼下に臨む方のボックスシートに陣取った。


「ねえ、さくらさ」


 発車して早々切り出した。


「駅訪問を車でするのって邪道じゃない?」


 それはさくらのお父さんの前ではとても失礼すぎて言えなかったことだ。さくら相手なら言える。私たちは昔からそういう関係だった。


「いや、仕方ねえだろ。わ鉄本数少ないじゃん」


 こういうことを言っても、さくらは嫌な顔せず会話に乗ってくる。それは逆もしかり。個人的に女子同士の会話って、遠慮し合ったり深読みしたりで疲れることが多かった。そんな中、さくらは遠慮せずに接し合える唯一の相手だったのだ。


「そうかな? 私ちゃんと鉄道で来ましたけど?」


「こっちは1駅ずつ巡ってんだよ」


 そうそう。このリズム。このテンポ。なんだか懐かしい。昔を思い出してきた。


「全部行ったの?」


「行ってねえよ? まあ車ならいつでも行けるから良いっしょ」


「お父さんほっぽらかしても?」


「いやいや、久しぶりに幼馴染みに会えたらそっち優先するっしょ」


 甲高い警笛の音が鳴り響いた。


「みずほは何してたん?」


「私は鉄印帳てついんちょうと列車のレストランが目的だったの」


「ああ、それで神戸ごうどにいたのか」


 このくだけたような、ちょっと乱暴な言葉遣いがさくららしさだった。趣味も男の子っぽかったし、見た目も中性的だったから、男子の友達が多かったんだよね。今は少し女の子っぽい顔つきに変わってるけど。


「さくらは?」


「私らは完全に駅訪問だけ。足尾観光は前にやったし、今回は鉄分全振り」


 鉄分。鉄道趣味で得られる心の栄養のことだ。レバーとかに含まれてる栄養素のことではない。


「どっか面白い駅あった?」


「あるある。ちょい見てみ」


 そう言って、スマートフォンを見せてきた。こいつ、一眼とスマホと両方で撮影してるのね。


「例えば水沼みずぬまとか」


「駅の中に温泉があるところでしょ?」


「おっ、流石知ってんな」


「そりゃそうだよ」


 鉄道ファンの間じゃ有名な駅だもの。


「あとは上神梅かみかんばいとかだな」


「うわ、すごい」


 画面に表示された写真には、神戸駅のそれを遥かにしのぐほど年季の入った木造駅舎が写し出されていた。ちゃんと木製のラッチも残ってる。すごい。


「1912年の開業当初から残されてるものなんだってさ」


 1912年って……大正元年? まだ蒸気機関車全盛の時代だ。


「これはヤバいね。そのままタイムスリップした感じ」


「いや、マジでそれ。とても令和とは思えなかったわ」


 恍惚そうな表情を浮かべるさくら。これは行きたくなってしまう。


「これで上神梅降りたら……ちょっと帰り遅くなっちゃうなぁ」


 頭の中で時刻を計算した。神戸の時刻表は全部頭に入れてきたから、そこから結果は導き出せる。少なくとも帰宅が2時間近く遅れるのは間違いなかった。流石にこれは親に怒られる。


「だろ? だから車は小回り利いて良いんだよ」


 そう言われるとぐうの音も出なかった。


「いや、でもまた乗りに来れば良いし。大体、路線にお金落とすことの方が大事だもん」


「だから今やってんじゃん、それ」


「微々たるものぉ」


「お前だってそうじゃんかよ」


 ちょっと言い合いのような形になったが、昔からこんなことは日常茶飯事。別にお互い本気でやり合ってるわけじゃない。ジャブを打ち合ってる、みたいな。もしくは、プロレスみたいな。


 良かった。小学校を卒業する時にさくらが引っ越しちゃって、それ以来会ってなかったけど、何にも変わってなかった。お互い。それが安心感。


 思わず笑い出しちゃって。そうしたら、さくらもつられるように笑った。ボックスシートを挟んで2人の笑い声が小さく響き合う。


「なんか懐かしい」


「それな。私も思ったわ」


 車体が左右に揺れる。まるで私たちに合わせて笑ってるみたいに。


「あ、そうだ」


 思いついたようにさくらが切り出す。


「みずほってさ、4月からどうすんの? 大学?」


「うん、そうだよ。さくらは?」


「私も。お互い現役合格かぁ、良かったな」


 まあ、さくらは頭良かったからなぁ。子供の頃から。そう思っていたら「みずほは頭良かったもんな」と言ってきた。まるで以心伝心だ。


「大学どこ行くん? みずほのことだから東大とか?」


「違うよ。流石に無理だった。千代田女子大学ちよだじょしだいがくだよ」


 そう言った途端、さくらの表情が変わった。まるで新種の生物を見つけたような顔。


「どしたの?」


「マジで!? 私もだよ! 千代女ちよじょ!」


 嘘……? こんな偶然ある?


「マジかー! めっちゃ嬉しいわ! 学部は? 学部どこ!?」


 めちゃくちゃ早口で尋ねてくる。どんだけテンション上がってんのよ。気持ちはわかるけど。


「ちょ、もうちょい静かに」


 ここは列車の中。公共の場であることを忘れてはいけない。


「私は文学部だよ」


「あー、私は法学部。そっか、学部違うのかー」


 一瞬残念そうに天を仰いでから


「まっ、でも法と文ならキャンパス一緒だもんな。いつでも学校で会えるな!」


 あっという間にポジティブシンキングに切り替えた。こんな簡単に前向けるの、正直羨ましい。


「そうだね。4月からよろしくね」


 私はつとめて冷静に返した。本当は心の中では舞い上がるほどに喜んでいたのだが、それは内緒。知られたらからかわれそうだから。


 これが高校3年生の3月の話。このときは、さくらと2人で日本全国津々浦々、鉄道旅を共にすることになるとは思いもしなかった。


『旅をしていると、時々思わぬ出会いに遭遇することがある。それも旅の醍醐味。 MIZUHO』

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