第7話 私はクライヴから逃げ切り、異なる未来を夢想する

私は『クライヴへの少しの同情』を覚えた未来を想像しようとしたが、できなかった。

バカ息子クライヴへの嫌悪感は根深い。


もっと、別のことを考えよう。

私は『クライヴの態度が鼻につく』と思っていたらどうなっていただろうかと考えを巡らせる。


クライヴの態度が私の鼻についた。

私はクライヴに歩み寄り、彼の頭に手を置く。

そして、力を入れて押し下げた。


「何をする……っ」


「誠意、というのは直角に礼をすることで表せると思いますよ」


「……っ」


「ご不満なら、私は帰りますが」


「……娼館に、一緒に行って欲しい。……頼む」


消え入りそうな声で、クライヴが言う。

私はクライヴの頭を押さえつけている手を離した。


「……っ」


クライヴは頭を上げた。

……悔しそうな顔をしている。

私は引き続き、クライヴをいたぶることにした。


「今日は帰ります」


私がそう言うと、頭を下げていたクライヴは勢いよく頭を上げた。


「どういうことだ!? 頭を下げればカードを譲ってくれるのではないのか!?」


「今日は疲れたので帰ります。また明日」


「待て!!」


「私に命令なさるのですか? あなたが……?」


私はカードをちらつかせて、笑う。

クライヴは、顔を歪め、そして私に襲い掛かって来た。


「っ!!」


私は『クライヴから逃げる』か『クライヴと戦う』か迷い、『クライヴから逃げる』ことにした。

逃げることにした。


「逃がさない……っ!!」


クライヴが私の手を掴もうとする。

私は逃げ切った。


「……っ」


屋敷の外に出て、息を吐く。


「調子に乗りすぎたかな」


私は握りしめていたカードをしまい、歩き出した……。

この未来は、悪くない。

でも、もしも私が『クライヴから逃げきれなかった』らどうなっていただろう……?

私は思いを巡らせる。


クライヴから逃げようとした私の足がもつれた。


「っ!!」


私は体勢を崩して、尻もちをつく。

クライヴが私に覆いかぶさるようにして、手に持っているカードを奪おうとする。

私はクライヴに押し倒されるようにして、仰向けになる。


「……っ」


私はクライヴに恐怖した。


「カードを渡すから、離れて……っ!!」


私はそう言って、クライヴにカードを差し出した。

クライヴはカードを受け取り、私から離れる。


「……っ」


私は這うようにしてクライヴから距離を取り、そして立ち上がった。

一秒でも早くクライヴの視界から消えたくて、部屋を走り出る。


屋敷を出て、通りを行きかう人を目にした時にようやくほっとして、足を止めた。


「……っ」


ほっとしたら、膝に力が入らなくなり、私はその場にしゃがみ込む。


「……怖かった」


呟いたら、目に涙がにじんだ。

私は馬鹿だ。

必死になっているクライヴを痛めつけようと考えて、彼を追い詰めてしまった。


「……」


ため息を吐き、立ち上がる。


「解雇されるかなあ……」


解雇されなかったとしても、覆いかぶさられた時の恐怖が消えそうもないので、新たな職を探した方が良さそうだ。

私は自分のうかつさを悔やみながら、歩き出した……。


……嫌な未来だ。

もし、もしも私がクライヴに恐怖ではない感情を抱いたとしたら。

『クライヴに見とれた』としたら、どうなっていただろう……?

私は異なる未来を夢想する……。

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