第5話 私は「結婚した後にカナリヤに会いに行けば良いのではないでしょうか」と言い、異なる未来を夢想する
私は『「結婚した後にカナリヤに会いに行けば良いのではないでしょうか」と言う』か『「私、既婚者にしか恋愛感情を抱けないのです」と嘘を吐く』か迷い、決めた。
『「結婚した後にカナリヤに会いに行けば良いのではないでしょうか」と言う』ことにしよう。
私はクライヴの目を見つめて口を開いた。
「結婚した後にカナリヤに会いに行けば良いのではないでしょうか」
「それは良い考えだ!!」
……こうして、クライヴは令嬢との結婚を受け入れたのだった。
クライヴの結婚と共に、私はクライヴの父親の第三秘書となり、馬鹿息子から解放された……。
ごめんなさい。見知らぬ令嬢。
私は自分の保身のために、見知らぬ令嬢を犠牲にしたのだ。
ああ。もし、もしも私があの時、異なる選択をしたら、未来はどう変わっていただろうか……?
たとえば「カナリヤの館」であの少女と出会った時に彼女を『傷つけないように気をつけよう』と思っていたら、今頃どうなっていただろう?
……ダメだ。思いつかない。
別のことを考えよう。
そう。たとえば、彼女に『クライヴに会わないようにと言わなければ』と思ったとしたらどうなっていただろう?
……ダメだ。思いつかない。
私の想像力は貧困だ……。
ではあの時『「私、既婚者にしか恋愛感情を抱けないのです」と嘘を吐いて』いたら、今頃どうなっていただろう?
私は想像を巡らせる……。
「私、既婚者にしか恋愛感情を抱けないのです」
クライヴを結婚する方向に向かわせたくて、私は嘘を吐いた。
「つまり、僕が結婚すれば、君に恋愛対象として見てもらえるということ……?」
「お察しください」
私はクライヴに微笑した。
既婚者にしか恋愛感情を抱けないなんて、嘘です。
既婚者を恋愛対象として見たことは一度もありません。
女なら、既婚者を好きになることを肯定することなどあり得ない。
独身で良い男が周囲にいない場合と、相手が結婚していることを知らなかった時だけ、女は不倫に走るのだと思う。
クライヴは変態で無能なのだから、独身でも既婚者でも、恋愛対象になるはずがない。
玉の輿狙いでも、この男は嫌だ。
部下として仕えている今でもストレスがたまるのに、日常生活を共にすることになったら発狂する。
「僕、婚約者と結婚するよ。君のために……!!」
クライヴは目を輝かせて、言った。
私は彼に恭しく一礼する。
クライヴを無事に結婚させたら、彼の父親からの私の評価は上がることだろう。
……評価が上がって、クライヴから解放されることだろう。
たぶん……。
そうなってほしい。
クライヴを騙した自分の言葉の重さが今更、自らの心にのしかかった……。
嫌な未来だ。
私は眉をひそめて考える。
もし、もしもあの時、問い掛けるクライヴに、私が『「頭を下げてください」と言った』ら、今頃どうなっていただろうか……?
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