第5話 後編
優がスマートフォンの画面をこちらに向けて見せる。
「このサイト、静岡県が運営してるやつなんだけど、一般の人からいろんな生物の情報を集めてるんだよね。子供向けっぽい感じでやってるんだけど、中々侮れないよー」
画面には「しずおか みんなのたんけんてちょう」というホームページが表示されている。五十音順に植物の名前が書き連ねられており、それをクリックすると、その植物が観測された場所の地名が見られる。「クサヨシ」の欄をクリックすると、クサヨシ<イネ科>と書かれたページに移動した。発見場所と書かれた四角い枠の中に、春夏秋冬ごとにクサヨシが観測された場所の地名が書かれている。
春
・足久保口組
・観山
・幸庵新田
・平沢
・吉津
夏
・足久保口組
・岳美一丁目
・登呂五丁目
秋
冬
秋と冬の欄は空欄だ。優はスマートフォンで地図を見ながら言った。
「
言いながらメモ帳に地名を書き出していく。いい加減なようでいてメモ帳とペンを持ち歩く几帳面さがあるのだ、彼は。
足久保口組
観山(岳美一丁目)
幸庵新田
平沢
吉津
登呂五丁目
どこかのくさむらでしかなかった場所が、たった六か所まで絞られた。これらのどこかに、清水は訪れている可能性がある。彼の家にあった手がかりから、彼の軌跡を追っている。まるで刑事みたいだとつぐみは胸が高鳴るのを感じた。
「でも一丁目とか五丁目とか、結構範囲広いよね。ざっくりしすぎ。あとここに載っていない場所にもクサヨシが生えてる可能性だってある」
優が言った。確かにそうだ。伊東も言う。
「ここに載ってる地名を検索してみたんすけど、みんな静岡市内っす。市外だったら多分引っかかって来ないっすよ」
大家の話によると、清水はアパートの駐車場も契約していた。車を利用したのであれば、市外まで行動範囲が広かった可能性がある。しかし、いずれにせよ市外まで捜査範囲を広げるのは、つぐみ一人では無理だ。
「このデータって、古いものも混じってるから、今クサヨシがここに生えてる保証はないよね」
「Googleのストリートビューで見ようかと思ったんすけど、これ場所によって撮影された時期がバラバラだから無理っすね」
「本当にクサヨシが生えてるかどうかは、やっぱ実際に行ってみないだめだろうな」
優は少し言葉を切って、もったいぶった口調で続ける。
「逆に言えば、俺らならそういう野外活動に慣れてるから足を使った捜査にうってつけかもね」
つぐみは、はっと顔を上げた。
「この場所に行って、クサヨシが生えてるかどうか確認してきてもらえるってこと?」
優がしてやったりという表情でつぐみを見る。どうやら彼女は弟の誘導に上手く乗せられてしまったらしい。
「でも、六か所もあるんでしょ。山奥っぽいところもあるし、簡単な作業じゃぁないよ。そこまでさせたいんなら、もっと詳しく事情を説明してくれないと、俺らも動けないよね」
つぐみはしばらく考えた。失踪した(かもしれない)男が、最後に訪れた(かもしれない)場所(の候補)を特定する作業を、大学生の、部外者にさせる。すべては無駄になるかもしれない。これは正式な警察の捜査ではないし、新米警察官である自分には、彼らに満足なお礼も渡せないだろう。吉田が言っていたように、清水は単に無断欠勤して遊んでいるだけかもしれないし、すでにどこかの山中で亡くなっていて、死体として発見されるかもしれない。これを事件だと言い張っているのは自分だけで、事件ですらない事象の捜査。果たして自分がやろうとしている事に意味があるのだろうか。
広大な街の中から一人の人間を探し出すのは、言葉で言うほど簡単ではない。清水のような身寄りがなく、すねに傷のある四十代の男性、という人物は、捜索願が出されただけでも奇跡的なことだ。行方不明者の捜索が疎かになってしまうのは、警察の怠慢というより、そのような人物に対して警察ができることがほとんどないからだろう。事実として、一般家出人を警察官が発見した場合でも、本人に帰る意思がなければ無理に連れ帰ることもできない。捜索願が出されている事を伝え、帰宅を促すだけだ。大人の行方不明者は、自らの意思で行方を眩ませた可能性が高いし、警察としても先ずはそう見なすしかないのだ。だから失踪者を探すことは、本当に、「余計なお世話」でしかないのかもしれない。しかし、つぐみには、清水の失踪は彼の意思では無いような気がした。
これを「勘」というのだろうか。いや、まだ新人の自分がそんなことを言うのはおこがましい。きっと、ただ、自分が電話で話をした、工場長の心配そうな声が脳裏にちらつく。それだけが理由かもしれなかった。前科があっても、家族が居なくても、少なくとも一人の人間が清水さんを心配した。だから警察に通報が来た。自分がすべきことは、彼を心配する二人目の人物になることである。
清水が最近行ったと思われる場所が特定できる可能性がある、という事に気づいているのは世界で自分一人なのだ。捜査を進めるか、諦めるか。この判断は自分にかかっている。つぐみは思った。
それなら、やるしかないじゃないか。
弟の口車に乗ってやろう。
「分かった。じつは、静岡市内に住むある男性の行方が分からなくなってるの」
つぐみはある男性が一週間無断欠勤をしていること、彼の部屋から植物の種子を見つけたこと、洗濯物の様子からその男性が失踪前にクサヨシが生えている場所を訪れたのではないかと考えている事を皆に話した。
「人命がかかっているかもしれない。みんなにはなるべく早く、クサヨシが生えている場所を見つけてほしいの。クサヨシの生えている場所が分かれば、聞き込みをして、その男性の消息がつかめるかもしれない。手がかりは少なすぎるし、飛躍しすぎの推測に思えるかもしれないけど、少しでも希望があるのなら、私は行動したい」
つぐみの言葉にに、その場に居た全員がうなずいた。
「なるほどねー。もう一度虫処メンバーに召集掛けて協力してくれるよう頼んでみる。現場に行ってイネ科の植物を採取してくるだけなら知識のない俺とか伊東でもできるし、夏期講習とかないやつらで手分けすれば七か所くらい明日あさって中に確認できると思う」
普段は憎たらしい弟の発言が、今日は頼りがいのあるものに感じた。
まるで
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