6.死を待っている。

「ヘエ、久々にお出ましダゼ愚かなニンゲン」

「な……」

「オレは働キ者だ」

「は?」

「ソウ名乗ってイル」

「はあ」


 カメラのようなイメージセンサーの瞳は、僕を見ている。

 胴体は部品が詰められていて、配管むき出し。塗装もされていないブリキ。機能性を重視され、シラピのように見た目にこだわっていないことは分かった。 


 鉄のアーム、それで生きていた人間を殺した。

 死体に近寄る。目が濁りきってどこを向いているのか分からない。遠くからは白く見えていたシャツは酷く黄ばんでおり、腐った蜜柑のような刺激臭が鼻をつんざいた。


 そろそろと離れる。死んだ直後だから、目の濁りも体臭も生前からのものだろう。


「……なんで殺した?」


 不思議なほどに自分の声が落ち着いていた。現実味のないあまりの衝撃に思考が停止したのかもしれなかった。

 話しながら、そのロボットは歩き出した。ちょうどシラピのほうへ歩いていくので、そいつに歩調を合わせた。置き去りにされた死骸から、一刻も早く離れたかった。コンクリートの床に身体を投げ出したままで、あれはどう処分されるのだろう。


「S-13に近づいたからダナ」

「S-13?」

「あの子ダ」


 そのロボットがアームで差した先にはシラピがいる。


「シラピのことか」面倒なことになってきた。

「そうカ、ニンゲンはS-13をシラピと呼ぶのカ」

「ああ、そんなことよりどういうことだ」

「アア?」

「どうして人間を殺した」

「何に言及しているのカ理解できないガ、オレにとってS-13の心はニンゲンの命よりモ遙かに大切デあるナ」

「お前……」

「なんダ」

「シラピのストーカーか?」

 さっきから、ずっとシラピの尻を追いかけている。僕が今している行為と同じく。それも悪質も悪質だ、近づく人間を片っ端から殺すなど。


「ストーカーとはなんダ? オレはS-13様をお守りシテいるだけなのダガ」

「それだよ」

「S-13は美シク、愛おしイ。あのオリジナルボディをミロ、単に線が細いダケデナク絶対神話的最強調律ニヨル均衡調和ガとれているノダ。S-13ノ損失ハ世界そのものノ消失トモ同然 。S-13ガ愚かなニンゲンに穢されるナド、オレがゆるサン」

「……だからって、むざむざ殺すこともないでしょ」

「ハア」

「シラピだってそれを知ったら悲しむよ?」

「いいヤ、そう云われテモ困る」


 首筋をかくようにアームをひねっていた。


「勘違いしてイルヨウダガ落ち着ケ、アレがシラピに何ヲしようとしてイタか知っているカ?」

「……ええと?」

「シラピ、かわいいヨナ。ニンゲンマデ夢中になるホド」

「まさか」


 死体の不自然な膨らみを思い出した。吐き気がする。このロボットがいなかったのなら、と考えると。


「察しがついたヨウダナ。気持ち悪いゼ、遠くで眺めているうちが華サ。あんなノハいくらでも沸ク。幸福剤入り食糧キットで満足できないニンゲンは命を絶たれるしかナイのダヨ、社会に適合できなかったノダカラ」ため息をついたつもりか排気ダクトから熱を吐き出し、「S-13はオレ以外の誰にも守れナイ。オレ以外ニ、誰モ守ろうとしナイからナ」


 鳩尾を突かれたような気分だった。無力な僕にシラピは守れない。


「オレが、シラピを守るノダ」


 お前にはできないと、じっと見てくる視線から逃れられなかった。


「情けないけど、任せるよ」

「アア、それでヨイ」


 ウンウンと、ギアを回して首を縦に振る。ギシギシと接合部が軋めいた。

「オレはシラピを守るタメニ生まれてきタ、任されヨウ」


「ダガ」ギアが軋む音をを立てた「ソレでは、お前ハ何ガ為にシラピに近づくノカ?」


 声が出ない。


「答えることスラデキヌノカ」

「……しら、ないよ」


 排気ダクトから熱が吐き出される。シラピを追い続けていた働キ者の、足が止まった。

 会話に意識をとられていたが、無機質な通路はちょっとした広場に差しかかろうとしている。


「オレからS-13ヲ奪ウカ?」

「奪うだなんて、そんな」

「お前ハ、シラピを傷つけるノカ?」

「僕ごときがそんなことできるわけ……お、おい」


 じりじりと、ロボットの筐体が迫ってくる。通路の錆びた手すりに押しつけられている。今にも金属アームの手を振りかざしそうだった。ロボットの排気が意図的にか吹きかけられて息苦しい。


「僕を、傷つければ、シラピが、悲しむ、かも、しれな、い……」

 胸を押さえながら、ありえないことを分かっていながら口に出した。


「お前はサッサと退場するべきダ、そうだロウ?」

「……そう、かも、な」

「分かってイルではナイカ」


 とうに分かっていた。何年と何十年と、この世界が変わる前から。

 僕は何も変われない。


『――管理特権所有者への攻撃は禁止されてイマス――管理特権所有者への攻撃は禁止されてイマス禁止禁止禁止されてイマイマイマイマススススススススススススススス』


 警告音は無視され、キリキリとアームが上がっていく。あのアームが頂点に達した瞬間、部品がはみ出た無骨な鉄の棒は慣性をつけて僕の命を、脳天を躊躇せず狩りにくる。死へのカウントダウンだった。


 観念して、目を閉じる。おちてこない。

 おそるおそる、目を開いて――


「何してるの!」

 緊張で静まった通路に、うわずったアルトボイスが響いた。

 見つかってしまった。

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