Zee Deveel ON STAGE

# 7. Move On Up

 ジー・デヴィールの二〇一五年ヨーロピアンツアーは、ドイツ、ハンブルクから始まりイギリス、ロンドンまで全十七カ国二十四ヶ所を廻り、計二十九公演が行われる予定である。

 ハンブルクは名称が変わったばかりのバークレイカード・アレーナを皮切りに、アムステルダムのジッゴ・ドーム、パリのアコー・アリーナ、ボローニャのウニポル・アリーナ、そしてプラハとロンドンのO2アリーナなど、いずれもキャパシティが一万五千から二万人ほどの会場で、チケットは既に完売となっていた。

 初めてのツアーのときは機内ではしゃぐわ、ホテルで大騒ぎするわ部屋を泡だらけにするわと滅茶苦茶だったメンバーたちだが、今ではプロ意識が芽生えたのか移動中は仮眠をとっていることが多く、ホテルからもあまり出かけたりせずにコンディションを整えていた。

 どこも似たような、機能的でシンプルだが味気ないホテルの部屋。ホテルからホテルへと移動を繰り返すツアー中は、知らず知らずのうちに疲労とストレスが溜まっていく。それをなんとかしようと、バンドマンたちは昔からありとあらゆる工夫をして世界中を巡る日々を過ごしてきた――その最たるものが一時はドラッグであったりしたわけだが、云うまでもなくそれは奨められた方法ではない。

 ジー・デヴィールも例外ではなく、過去にはドラッグを使用していたこともあるが、今は違う方法を模索していた。ルカはお気に入りのクッションと加湿器、そしてラップトップとタブレット、スピーカーなどを常に部屋に置いている。タブレットにはいつも、家族が暮らしているブリストルの家で飼われている猫たちの部屋の、モニタリングカメラの映像が映されている。テディは古典ミステリーのペイパーバックコレクションと好物のクッキーやチョコレートの缶、幾何学模様のスローやストールを何枚か持参していた。薄手のスローはベッドやソファの上に、ストールはフロアランプに掛けることで雰囲気を自宅の部屋に近づけ、落ち着いて過ごせるようにするためだ。同じ理由でユーリはインセンスホルダーとスティックタイプのお香を、ジェシはビューリーズのアイリッシュ・ブレックファストのティーバッグと愛用のマグをふたつ、ツアー中は常に荷物のなかに忍ばせている。

 ドリューだけは少し違った。彼の場合、持参するのではなく、行く先々でショッピングを楽しみ、服や靴など購入したものを部屋中に並べることで、メンタルが良い状態に保てるのだそうだ。





「おつかれさまー!」

「初日、最高でしたよ。おつかれさまです」

 無事にバークレイカード・アレーナでの公演を終え、バンドの五人とロニー、主要なスタッフとローディたちはオールドコマーシャルルームというレストランに集まり、ミーティングという名の酒宴を開いていた。

 店内はまるで旧い船内のようでやや薄暗いが、テーブルや椅子も天井や壁と同じく濃褐色で、格調高い雰囲気だ。壁には一面に来店したスターたちのピンナップや写真が飾られていて、なかにはサイン入りのものもあった。

 予約した席へと移動するときジェシとテディは、デビュー前にハンブルクで演奏をしていたビートルズの写真をみつけ、指をさして嬉しそうに話していた。ロニーも有名な俳優などの写真をみつけてはエリーと報告し合ったりしていたが、ユーリに「ボン・ジョヴィも来たことがあるらしいぞ」と耳打ちされ、少し興奮気味に本気の写真探しを始めたりした。

 奥のVIPルームを貸し切りにしてもらい、ロニーたちはやや辛口のリースリングワインと、名物のラプスカウスやシーフード料理を存分に堪能していた。

「――今日はアリーナの前のほうにすごくキュートながいたな」

「呆れた。よく演奏中にそんなの気づけるわね」

「また隙っ歯のブロンドか? ドリュー」

 もうワインは充分とビールを飲んでいたユーリが、上機嫌に云う。同じことを云ってはいても以前に揉めたときとは口調が違うからか、ドリューも気分を悪くした様子はない。

「ステージからじゃ、歯並びまでは見えなかったな」

の隙っ歯嬢はどうしたんだ?」

「みんないい娘たちだったが……運命の相手じゃなかったんだ」

 声をあげてユーリが笑う。

「運命の相手探しはいいが、あんまり手当たり次第に確かめるなよ」

「手当たり次第ができるからすごいですよね」

 こちらもけっこう酔っているのか、めずらしくそんな話にジェシが入ってくる。「ドリューってもてますもんね。ルカももてるけど、やっぱりルカにはテディがいるってみんな知ってますからねえ」

「俺がいなきゃ、ルカも喰い散らかし放題ってことだね」

「いや、僕そんなつもりで云ったんじゃ――」

 一瞬ジェシが慌てたが、テディは機嫌を損ねてそんなことを云ったわけではなさそうだった。ジェシがほっと息をつく。が――

「おまえは俺がいたって手当たり次第に銜えこんできたけどな」

 ハンブルク風パンフィッシュを口に運びながらルカが云った。一瞬にして場の空気が凍る――リハーサル中や本番のステージではまったく普段のとおりに息の合った演奏とハーモニーを聴かせてくれたが、ルカとテディのあいだはまだぎごちないままだった。

 テディは顔色を変え、無言でじっとルカを見ている。そんなテディの隣で、ユーリが険しい目つきでルカを睨みつけている。これはまずい。なにか云って場の空気を変えなければ――でも、なにを云えばいいのか。ロニーは内心で焦っていた。すると。

「……み、みんなもてもてでいいですねえ!」

 ジェシが明るく云ってくれた。ジェシ、ありがとう! と心のなかでハグしていると、今度は意外なところから氷の槍が飛んできた。

「ジェシ、もてたいの?」

 無表情が常なエリーが、その無表情な顔でじっとジェシを見つめていた。こんなところまで飛び火か、と思いきや、ジェシは落ち着いた様子で隣の席のエリーに向くと、「僕はもちろん、他の誰にももてる必要はありませんよ」とにこやかに云った。

 無表情にPCに向かっているところしか見たことがなかったのだろう、ドリューたちが可憐に微笑んだエリーを見て意外そうな顔をする。ユーリまでもが表情を緩め、ジェシに向いてふっと笑みを浮かべた。

「……まいった。どうやら俺たちのなかで、いちばん男っぷりのいいのはジェシだぜ」

「そのようだな。これぞ運命、お似合いで羨ましいことだ」

「ターニャとマレクもだけど、いいなあ……。私も運命の人に出逢いたいわ……」

「そういう相手がいないっていう運命もあるかもしれねえけどな」

「ちょっと! それはないでしょ!」

 ユーリの軽口に皆が一斉に笑う。云い返しながら、なんとか雰囲気が戻ったことでロニーはほっとした。ツアー中にバンドの仲が険悪になるのを避けるためなら、ピエロにでもなんにでもなってあげるわよ、と思う。

「運命じゃなくても、適当にいい感じの人と出逢えたら、あとは自力でなんとかするんだけど……」

「また飲ませて潰しちゃうんですか?」

「そんなこと一度もしたことないわよ。私と一緒に飲む人がみんな勝手に潰れちゃうだけよ」

 ロニーが惚け、また皆を笑わせる。朗らかに戻ったムードのなかで一同は冗談を飛ばし合い、たわいも無い会話を続けた。そのおかげでもう雰囲気が悪くなったりはせず、何事も起こることなくその場はお開きとなった。

 だが――レストランを出てホテルへ戻り、それぞれが部屋に散るそのときも、とうとうルカとテディが言葉を交わすことはなかった。





 さすが、もうすっかりプロだと喜ぶべきなのだろうか。

 ツアーはケルン、アムステルダム、アントワープと、順調に日程を消化していた。ステージ上ではもちろんのこと、リハーサル中も、移動中の車や飛行機のなかでもホテルやレストラン内でも、まったく問題は起こらなかった。

 それも当然である。いつだって隣り合っていたルカとテディが、必ず離れたところに席を取り、一言も口を利かないのだから。

 口を利かないといっても、演奏などに関する話はきちんとしているし、支障がないといえばないのだが――ロニーとしては、いつ爆発するかわからない箱を抱えているようで、どうにも落ち着けなかった。

 このまま放っておくのもどうかと思い、ロニーはパリのホテルで朝食を摂っているとき「おはよう」と声をかけてきたドリューと、少し前に隣のテーブルに着いていたジェシとエリーに相談してみることにした。

「ねえ……ルカとテディのふたりのことなんだけど」

 ステージ上ではいつものとおりだし、なにが困るというわけでもないが、いつまでも今のままではどうかと思う。早めに修復するに越したことはないし、なんとかふたりに話をさせたいと思うのだけど――ロニーがそう云うと、ジェシの隣に坐ったドリューがなんだかおかしそうに笑みを浮かべた。

「結局放っておけないんだな。ふたりの問題なんだから、外野があれこれ云っても迷惑とか云ってたのに」

「そうなんだけど、ふたりともあれでけっこう頑固だから……。とりあえず話をする機会だけでもつくってあげたほうがいいのかしらって思って」

「確かに、お互いに避け合ってていつまで経っても悪化もしないかわり、修復もしなさそうですもんね」

「ルカは単純に、今はライヴのことしか考えてない可能性あるけど、テディは放っておくとどんどん悪いほうへ考えて落ちこみそう。話をさせるの、賛成」

 そして、ルカにはジェシ、テディにはドリューがそれとなくふたりで話し合うように仕向けよう、ということになった。どういうふうに話を持っていくにせよ、ライヴのあとなら気分もハイになっていていいだろう、タイミングを見計らって巧くフォローを入れつつ伝えてみようかとドリューとジェシが話し、頷き合う。

 じゃあおねがいね、とロニーはスモークサーモンのエッグベネディクトを食べながら、あまりの美味しさに幸せそうに頬を緩めた。

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