第33話 少年の決意

 しかし髪の龍本体の尾に叩き落され月人はアスファルに叩き付けられた。


「……っ……」


 苦悶に顔をゆがめながら月人が起き上がると目に入ったのは自分に気付かず、なにごともないように平然と歩く街の人達だった。


 月人は自分自身にも不可視魔法をかけている。自分の姿はおろか自分が原因で出る音も普通の人間は感知できない、わかっていることだ、なのに美咲の言葉が脳裏をよぎる。


「……そうだな、周りから見れば俺は何やってんだろうな、俺がいくら命はって戦っても、こいつらは何も知らずのうのうと生きてるんだ……」


 月人が視線を向けた先、そこには中年のサラリーマンらしき男から金品を巻き上げる不良達の姿があった。


「それどころかいっつも邪気を作り続けて怨霊(おんりょう)だの闇の眷族(ダーカー)だの生み出して俺たちの負担を増やしやがる、でも、守らないわけにはいかないんだよ……」


 月人が上に向かって飛び立とうとすると目の前に意外な人物が現れる。


「……あなたは、昼間の……」

「お前……浅野……見えるのか?」


 突然、上から夜風の悲鳴が聞こえる、月人は上を向き飛び立つがその瞬間、真二が飛びついてきた。


 ビルの上に戻ると夜風と美咲が必死に黒龍と戦っている。


「姉さん! 立花!」

「夜王くん、って、なんで浅野くん連れてきてるの!?」

「えっ、いやなんかついてきちゃったっていうか……」


 月人が必死に言い訳をすると真二はふらりと前に二、三歩進み、黒い髪の龍を見て言う。


「……結衣、ちゃん?」

「なっ!? お前、分かるのか!?」

「わかるよ、ずっと一緒にいたんだから、あれは結衣なんでしょう?」

「……それは、そう、だけど……」


 美咲が言葉に迷いながら応えると龍の尾に弾き飛ばされた夜風がこちらに向かってくる。


「イタタ……どうするの月人、このままじゃ……」

「なんとか動きを止めて結衣の場所がわかれば髪だけを焼き尽くしてワクチンを打ち込める、でもそんな方法……」


 月人がうつむき悔しそうに顔を歪めると、真二が口を開く。


「僕を、僕を結衣のところに連れてってください!」


 三人が同時に目を大きく開き、驚く。真二は夜風の方を向く。


「その羽、空を飛べるんですよね? 僕が結衣を止めますから、そしたらそっちの人があの髪を焼いてください」


 三人は顔を見合わせ話し合う、一般人を危険に巻き込むわけにはいかない、だが、今の真二には普段からは想像もできないほど力強く、そして確かな意思のこもった声と表情で頼んでくる。夜風はため息をついた。


「わかったわ、そのかわり、男の子なんだから、好きな女の子、ちゃんと止めるのよ」

「はい」

「えっ? 先輩、浅野くんは……えっ?」


 夜風の言葉の意味がわからず美咲が戸惑っていると月人が口を開く。


「じゃあ、作戦開始だ!」


 こちらに向かって突き進む黒い巨龍はすでに家数軒を軽く飲み込んでしまいそうな大きさにまで成長している、夜風は真二を掴むと飛び立ち、美咲がその後を走って追う。


 美咲の放った光りの刃と月人の放った火球が夜風と真二を守る。二人が黒龍の首あたりに降り立つと同時に美咲は月人に教えてもらったとおり、足に霊力を集中させ、強化した脚力で大きく跳躍して自分も龍の首に着地する。


 龍と言う形状からから表面は鱗のようにザラザラしているイメージがあったが実際には結衣の髪のため、つやつやとした手触りの良い感触がした。


 真二は夜風と美咲に守られながら何度も結衣に呼びかけ、自ら龍の体の中に腕を差し込む。


 何度も結衣の名を叫びながら髪の中を探ると真二の指先が何かに触れる。


 真二がさらに深く腕を差し込むと彼の手が何かを掴む、真二はそれを必死に引き上げる、すると龍の表面から結衣の体が昇ってくる、ついに全身を引き上げ結衣と龍は彼女の頭から伸びている髪だけの結合となる。


 真二が呼びかけると結衣は意識を取り戻し、目を開ける。


「結衣ちゃん!」

「……し、真二君……」


 真二の姿を確認すると結衣は涙を流しながら真二に抱きつく。


「真二君! 私、今までずっと暗いところにいて、それで、すごく恐くて、そしたら真二君の声が聞こえて……私……」


 そこまで言って結衣は自分の現状を把握する。


 暴走する自分の髪、切れ目なく襲い掛かる攻撃から必死に真二を守る二人の少女、そしてなによりも、目の前にいるのは一番見られたくなかった相手、父はああ言ったが、真二が自分を受け入れてくれなかったらと考えると恐すぎる。


「ダメ!」


 結衣は思わず真二を突き飛ばす。


「……結衣ちゃん?」


 結衣の嬉し涙はすぐに悲しみの涙に変わる。

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