第32話 災厄種の苦悩

「月人!」


 夜風が腕を振ると彼女の爪から赤い光の刃が放たれ龍の腹に当たり、裂けた部分から月人が這い出して脱出するが食べられたせいか全身傷だらけであまりの苦痛に顔をゆがめている。


 夜風と美咲がビルの屋上に落ちた月人に駆け寄り呼びかける、少しすると月人が目を開ける、体の傷はすぐに再生を始めるがやはり痛みは感じる、月人の精神はもうボロボロだ。


 その姿に耐えられなくなった夜風が叫ぶ。


「月人! もう無理だよ、かわいそうだけど少し強めの攻撃であの子を止めないと、無傷でワクチンを打ち込むなんてできるわけがない!」


 月人は肩で大きく息をしながら「うるせえ」と言う。


「じゃあ逃げよう、協会から応援を呼んで、その人達に……」

「そんなん待ってたら街の人が危険になるし、こうしている間に差江島の命もどんどん削られてるんだ、俺がここであいつを止めねえと……」


 月人は辛い心を無理矢理奮い立たせ、立ち上がり剣を構える。その姿に美咲が問う。


「なんで?」

「「?」」


 月人と夜風が美咲の顔を見る。


「なんで月人くん、そんなに頑張れるの!? だって月人くんモンスターでしょ!? どうしてあたし達人間のためにそんなことできるの!? ううん、例え同じ種族のためでも、そんな……そりゃ、あたしだってみんなを守りたいし、助けたいけど、だからってそんな痛い思いして、辛い目にあって、あたしなら、途中で恐くなって逃げ出しちゃうよ……」


 下を向き、すすり泣く美咲の目からは涙が溢れ、何粒も流れ落ちたそれはビルの屋上を濡らす。それに対し月人は力のこもった声で応える。


「父さんと母さんのためだよ」

「えっ? お母さん?」


 月人は震える足を必死に押さえながら語る。


「そうだよ、学校の屋上で結衣と話していたの聞いただろ? 俺、災厄種って言われてるんだよ」

「災、厄種?」


「ああ、人狼(ウェアウルフ)と吸血鬼(ヴァンパイア)の間に生まれる子は異常に強い霊力を持っているんだよ、強い力を持った奴はその力に溺れやすい、現に歴史上、人狼(ウェアウルフ)と吸血鬼(ヴァンパイア)の間に生まれた吸血人狼(ヴァンパイアウルフ)は全員ソルジャー協会やキラー協会に戦争をしかけたり人類を絶滅させてモンスターの世界を作ろうとした。そんなふうに危険すぎる力をもった混合種を総称して災厄種って呼ぶんだ、でもなあ……」


 喉を滾(たぎ)らせ、有らん限りに叫ぶ。


「生まれてくる子が世界を滅ぼす!? ふざけんじゃねえ! そんなの生まれてみなきゃわからねえだろ、なんでそんな理由で好きな奴と一緒にいちゃいけないんだよ!? 父さんが母さんと結婚するためにどれだけ血い流したか知ってるか!? 俺を生むために母さんがどれだけ涙流したか知ってるか!? 姉さんはよかったさ、ほとんど母さんの血を受け継いだから純潔の吸血鬼(ヴァンパイア)と大差ねえ! でも俺はどうだ、父さんの人狼(ウェアウルフ)の血と母さんの吸血鬼(ヴァンパイア)の血を受け継いだ俺は生まれた時から周りの連中から滅びの子だのさっさと殺せだの言われて、俺のせいで母さんがどんな目で見られてきたかわかるか!? 母さんが周りからどんなことされてきたか知ってるか!? お前らの身勝手な行動で世界が滅ぶだと!? ふざけんじゃねえそコノヤロー! 俺のせいで母さんや父さんの愛が否定されてたまるか! だから俺は全部守るんだよ、人間だろうが亜人間だろうが関係ねえ、全部守って、全部救うんだよ!」


 月人は黒い龍に向かって飛び立つがすぐに叩き落されてしまう。


 月人が体勢を立て直し再び飛ぼうとすると無力な得物に興味がなくなったのか龍の触手たちは標的を街の人間に変え、人々に向かって触手を伸ばす。


「やめろ!」


 延長線上にあるのは髪だけ、結衣を傷つける心配はない。


 月人は強力な火術を連発し触手を次々に焼き払うが触手は無数にある、とてもではないがビルの上から放っていたのでは間に合わない。


 月人は飛びたつと触手の前に出て標的を自分自身に変えさせることで人々の盾になり、全身に髪の刃を受けながら両手からは火術を放ち続ける。

しかし髪の龍本体の尾に叩き落され月人はアスファルに叩き付けられた。

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