スキル「第六感」が暴走した

八百十三

第1話

 カーショー市の冒険者ギルドには、今日も多くの依頼クエストが舞い込む。

 今日もいくつものパーティーが掲示板の前で、いい依頼が無いかを物色していた。

 Aランクパーティーの「黒い岩ロッキアデネーロ」リーダーのダニーが、二枚の依頼票を掲示板から外す。


殺人虎マーダータイガー討伐と鮮血サイブラッディライノ討伐、どっちにしようか?」

「どちらも報酬は同じくらいだし、俺たちならどちらも問題なくこなせるよな……」


 仲間のビルが唸りながら依頼票を覗き込んだ。

 どちらもAランクパーティー向けに出された依頼だ。カーショー市からの距離にこそ差はあるが、報酬額に大きな違いはない。どちらの依頼もこなせるだろう。

 同じくパーティーメンバーのダリアが、隣に立つアレンに目を向ける。


「アレン、どっちがいいと思う?」

「ちょっと待ってくれ、そうだな……」


 声をかけられたアレンが、ダニーから依頼票を受け取って内容に目を通し始めた。

 アレンには『第六感』というスキルがある。直感的な感覚によって、アレンにはどちらの依頼がより安全か、なんとなくだが分かるのだ。仲間たちもそのスキルを信頼して、依頼の選定は彼に任せていた。


「ん――」


 いつもと同じように、アレンが依頼票を見ていた時だ。彼の目が、急に大きく見開かれる。

 弾かれるように仰け反ったアレンの手から、予約票がぱらりと落ちた。


「うわっ!?」

「アレン!?」

「どうした!?」


 その場でうずくまるアレンに、何事かと仲間たちも傍に寄った。抱き寄せたアレンの身体は小さく震えている。


「あ、あ……な、なんだ、これ……!?」

「しっかりして、アレン!」


 ダリアが必死に声をかけるも、アレンが立ち上がる様子はない。彼の顔を覗き込み、見開かれた瞳が不規則に輝いているのを見て、ダニーは声を上げた。


「これは……スキルの、か!?」

「『第六感』スキルが暴走したって言うのか!? それじゃあ……」


 ビルも困惑の声を隠さない。『第六感』スキルが暴走したとなれば、アレンの直感は必要以上に働き、しかも抑えが効かなくなっているはずだ。

 しばらくその場で震えた後、アレンはよろよろと立ち上がった。


「ごめん、皆、俺、家に帰る」

「アレン!?」

「待って、どうしたの!?」


 そのまま仲間たちの誰にも目を向けず、ふらつきながらアレンはギルドの外へと駆け出していった。ビルもダリアも、その様子に驚きを隠さない。

 依頼票を掲示板に戻したダニーが、急いで二人へと声をかける。


「ダリア、ビル、追いかけるぞ。今のアレンを一人にしちゃいけない」

「ダニー、どういうこと?」


 ダリアの問いかけに、ゆるゆると頭を振りながらダニーは答えた。


「聞いたことがある。『第六感』スキルが暴走すると、あらゆる事柄に第六感が働くようになる……と同等だと」


 未来予知。その言葉に二人が息を呑んだ。

 冒険者のスキルとして『未来予知』はないわけではない。望んだ未来にしろ、人の死にしろ、先の未来を予測できる強力なスキルだ。

 だが、『未来予知』の持ち主は発狂する恐怖と常に戦っている、と言われている。しかもそれが制御出来ないとあれば、アレンのあの反応も納得だ。


「じゃあ、アレンは……」

「何か、誰かのよくない未来が見えたんだろう。冒険者ギルドだ、死にそうなやつはごまんといる」


 ビルの言葉に頷いたダニーが、重々しく言った。アレンは今も、誰かのをその目で見ているはずだ。放ってはおけない。


「急ごう!」

「ええ」


 すぐに三人はギルドを飛び出し、アレンの自宅へと走った。アレンも走って家に帰っているのだろう、追いつける様子はない。


「はぁっ、はぁっ……」


 走って、走って、三人はようやくアレンの自宅に着いた。固く閉ざされた扉をダニーが何度も叩く。


「アレン、いるか」

「ダリアよ。ビルとダニーも一緒にいるわ」


 声をかけてしばらく様子を窺っていると、家の扉がゆっくり開かれた。未だに瞳が不規則に輝くアレンが、げっそりした表情で扉から顔を出す。


「皆、その……すまない……」


 疲れ切った表情をしたアレンが、三人を自宅の中へと招き入れる。その最中にもしきりに、周りに人がいないかどうかを気にしているようだ。アレンのストレスのほどが伺える。

 居間のソファーに腰掛けながら、ダニーが静かにアレンへと問いかけた。


「スキルの暴走は落ち着いたのか」


 ダニーの言葉にアレンは首を振った。手元を見ながら沈痛な面持ちで口を開く。


「いや、まだだ……今も、いろいろな物が壊れる未来が、いろいろな人が死ぬ未来が視界にちらつく」


 曰く、あの依頼票に対してスキルを使った時、いつもより精細な情報が目に飛び込んできたんだそうだ。それが暴走して、目に映った人や物の『死』が見えてしまっているらしい。顔を覆いながらアレンが嘆く。


「お前たちの死ぬ姿も俺には見えるんだ……すぐではないから、まだいいが。どうしよう」

「落ち着け、アレン」


 泣き始めるアレンをなだめるようにダニーが声をかけた。それに伴ってダリアとビルも彼を安心させるように口を開く。


「そうよ、冒険者ギルドか……あるいは解呪師かいじゅし様か。お願いすれば何とかしてもらえるかもしれないわ」

「ああ、それにすごいじゃないか、未来予知だなんて。制御できるようになれば大きな力になる」


 ビルの発言に、アレンは泣き腫らした目を向けた。鼻をすすりながら言葉を吐き出す。


「そうかもしれない、だが、どうすればいいんだ?」

「そうだな、大きな力であることは間違いないが、そもそも制御することが必要だ。その為には対応を取らなければ」


 アレンの言葉を追いかけるようにダニーも、腕組みしながら頷いた。彼の言う通り、強力なスキルであることには違いないが、制御できなければこれほど精神を削ってくるスキルもない。

 何とかして暴走を止めて、スキルを制御できるようにしなくては。そのためには専門家の力を仰がないとならないが、しかしこんな状態のアレンを連れ出すのも難しい。

 と、そこに家の扉を叩く音がした。一緒に、聞き覚えのある初老の男性の声色で、外から声がかけられる。


「失礼します。アレン・ボーウィック殿はご在宅ですか」

「ん……?」

「そちらはどなたかな」


 怪訝な表情をする面々が顔を合わせる中、ダニーが扉の外に声をかける。すると声の主が、すぐさまに落ち着いた声色で返事をしてきた。


「カーショー市冒険者ギルドのギルドマスター、ジョシュア・ローソンです。アレン殿にお話があって参りました」

「ギルドマスター殿ですか、どうぞ」


 所属ギルドのギルドマスターだ。そうであれば安心、とダニーが扉を開ける。果たして室内に入ってきたのは確かに、ギルドマスターのジョシュアだった。

 げっそりした様子のアレンを見て、ジョシュアが静かに声をかける。


「先程、ギルド内での様子を拝見していました。スキルが暴走しているとの様子ですが」

「そう……なんです」

「依頼を探しながら『第六感』を使ってもらっていたら、突然……」


 ギルドマスターの登場にいくらか安心したようだが、アレンの声はいまだ暗い。ビルも情報を補足すると、それを聞いたジョシュアが床に膝を付き、アレンの手を両手で包んだ。


「『第六感』ですか。それが暴走となれば、アレン殿の目にはよくないものが見えているはず。辛いことでしょう」


 安心させるように声をかけるジョシュアに、彼の手を見つめながらアレンは口を開く。今こうして話している間にも、アレンにはジョシュアの死が見えているはずだ。


「はい……俺の『第六感』は死の気配を見るのに長けていたから、それが暴走して、周りの人の死ぬ未来が、勝手に見えて……」


 再び涙が溢れ出し、落ちた雫がジョシュアの手を濡らした。再びはらはらと泣き出すアレンを見て、たまらずにダリアが口を開く。


「なんとかなりませんか、ギルドマスター」

「これじゃ、アレンは冒険に出るどころか、街を歩くことすらおぼつきません」


 ダニーも眉尻を下げながらジョシュアに言った。彼の言う通り、このままでは日々の生活すらおぼつかない。早急に対処しないと冒険者の仕事どころではない。

 彼らの言葉に、ジョシュアはアレンの手を包んだままで強く頷いた。


「お任せください。ギルド所属の解呪師を手配します。処置を受ければ、暴走を止めることも出来るでしょう」

「ほっ……」

「よかった」


 ジョシュアの発言に、ビルとダリアがほっと息を吐き出した。ダニーも安心した様子でアレンの肩を叩いている。

 こちらも何とか落ち着いた様子で、かすかに笑みを見せているアレンに、しかしジョシュアは厳しい表情を向ける。


「ただ、スキルのは避けられません。アレン殿の『第六感』がどのようなスキルに落ち着くか、観察は必要です。制御出来るようになったら、すぐにギルドまでいらしてください」

「わ……分かりました」


 ジョシュアの言葉に、アレンはすぐさま頷いた。それがきっかけになったのか、こみ上げてくるものがあったようで大きく身をよじる。


「うっ、ぷ」

おびただしい死を見せつけられて気分が悪いでしょう、すぐにベッドへ。目を隠して寝ることをお忘れのないように」


 アレンの様子に、ジョシュアが手を離して優しく背中を擦りながら言う。解呪師が来ればどうにか出来そうとは言え、アレンの受難はまだまだ続きそうな気配がした。

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