5話・彼女の秘密。

顔を赤らめた愛は春道から質問をつけてからしばらく黙った。

と、春道は誤解を生んでいるのかと思い、そんな愛に声をかける。


「い、いや、あの、別に深い意味があったとか思ってないよ、ただ、契りが何とかって......」


たどたどしく春道が言うと愛はハッとした表情を浮かべた。

そして、少し間を開けて口を開く。


「そ、そういうことでしたか。」


「う、うん、それで契りっていうのは一体なんなのかな?それにさっきの鬼みたいな奴とか」


「はい、では一から説明しますね。まず、契りというのは私と春道さんが10年前に交わした力の誓約のことです。」


聞いてみたはいいものの、愛の口からでた言葉に思わず春道は目を丸くする。


「じゅっ、10年前?羽衣さんと俺がって、今日初めて会ったばかりだよね?」


「いいえ、私達は既に会っていたんです。冷たい風と雪が降るあの夜に。」


「雪の降る夜.....。」


動揺する春道とは対照的に愛は冷静に話を続けた。しかし、春道は首を傾げる。

10年前、冷たい雪が降るあの夜に、と、そこまで詳しい情報が有れば忘れていたとしても思い出せそうなものなのだが、見当もつかない。


加えて、愛のような美しいという言葉を具現化したような少女と出会っていたとするのなら尚更忘れるはずなどないのだが。


「......ごめん羽衣さん、俺、やっぱり覚えてないや。」


「そうですか、でも謝ることではありません。一方的ではありますが、私は覚えています、それに先程契りを結んだのが何よりの証拠です」


「契りってあのグァーって、身体の奥から力が湧いてくるようなアレのこと?」


春道が問うと、愛は首を縦に振った。


「その通りです。そしてあの化け物は妖魔という古来から存在する異界の存在です。そして、妖魔達は私達の天敵でもあるのです。」


「な、なるほど.....凄い話だな。」


「やっぱり信じてもらえませんか?」


「い、いや、そんなことないよ、妖魔ってのもこの目で見たし、契りって言うのが凄い力だっていうのも分かったしさ?」


心配そうに聞かれた春道は愛を安心させようと優しく答えた。

が、しかし、一点だけわからないことがある。

それは、愛が妖魔は私達の天敵だと言ったことだ。

ともかく、聞いてみないことにはわからないので春道は問いかける。


「奴らはなんで羽衣さんを?」


「.....それは、私達一族に関係しています。」


「一族?」


「えぇ。私達羽衣一族は代々、女神に遣える家系なのです。」


愛が答えると春道はまた驚いた表情を浮かべる。愛と出会ってから驚いてばかりだが、彼女を初めて見た時女神のようだと思ったことを思い出す。


「め、女神って、あの?」


「はい、想像している通りだと思います。羽衣一族は女神に遣え、そして一族の女は女神に与えられた特別な力が使えるのです。」


「特別な力....それが契り?」


「えぇ、それ以外にも色々ありますが、今朝、私が春道さんの隣に座りたいと言ったのを覚えていますか?」


言われてみればそんな事もあった、あの時は何故だか日向先生や隣の席の女子がなんの躊躇もなく愛の言うことを聞いていたような気がする。


「もしかして、あれも?」


「そうです、少し悪い気もしましたが、や、やっと春道さんと再会できたので....。」


「そっ、そうなんだ、なんか、ありがとう」


照れながら言われるとこちらまで照れてしまう。春道は誤魔化すように返事をした。


「そ、それでその力が妖魔ってやつと関係があるのかな?」


「そうです、羽衣一族の女は希少な血を持っています、故に妖魔のような異界のものに狙われやすいのです。」


「なるほど、だから天敵か」


「えぇ、ですが、妖魔に襲われても一族の女達は女神によって与えられた力でその身を守ルことができるのです。しかし、私には.....。」


愛は話の途中で少し困った顔をすると、言葉を詰まらせてしまった。

そして少し間を開けて話の続きをする。


「....私にはその力が三割ほどしかないので

す。」


「さ、三割?でも、どうして?」


「そ、それは先程話した10年前の夜.....」


と、愛が話を続けようとしたところで教室の扉が開いた音がする。

視線を向けるとそこには先程、春道が先に帰っていて欲しいと伝えた琴乃が立っていた。



「こ、琴乃?!」


「遅いと思ったら......もう!何してるのよはる!」


琴乃は春道が愛と話してるのを見るなり怒声を放つ。


「ご、ごめんごめん!たまたま羽衣さんが居たから少し話をと思ってさ」


「少し?もう1時間経つんですけど?」


「も、もうそんなに時間経ってたのか!全然気づかなかったな〜・・・・。」


白々しく笑いながら春道は答えたが、そんな言葉は琴乃に通用しない。



「ふーん?時間の流れが早く感じるなんてそんなにお喋りするのが楽しかったんだー?」


「い、いや、ほら、まだ外は明るいからそんなに時間経ってないのかなってさ?」


「いつの時代に生きてんのよ!!現代人なら時計ってものを見なさい!!!」



と、黒板の上にかけられた時計を指して琴乃はがみがみと話した。

そんな二人を愛は不思議そうな顔で眺めている。


「もういいから早く帰るわよ」


「えっ、そ、そのもう少しだけ....」


「あぁ?」


「ご、ごめん!!」


冷ややかで凶悪な返事をされた春道は慌てて頭を下げる。しかし、愛と話している途中でもあったし、内容的に重要だと思われる部分を聞きそびれてしまうのが少々不満だった。


琴乃はそんな春道の腕を強引に引きずり、教室から出ようとする。


「あっ、あの、春道さん、ま、また明日!」


「う、うん!また明日!羽衣さん!」


言葉を交わし、教室から出て行く春道の姿を少し寂しげな顔で愛は見つめるのであった。


愛に秘められた謎は一体何なのか、そして彼女は何故、また春道の前に現れたのか、それはまだ知るよしもない。

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