4話・朱く染まる夕日。
「そう、契りです。貴方と私があの日結んだ契りを今、もう一度結ぶのです......!!」
「ちょっ、ちょっと待ってよ羽衣さん、いきなりそんなこと言われても・・・・・・」
焦るように愛は話すのだが、やはり春道からすれば一体何のことだか見当もつかない。
「春道さん、いいから早くこちらへ.....!」
愛は手を伸ばし叫ぶ。
と、その瞬間教室の廊下側、黒板がある方を前だとすればその反対、後ろの出入り口の扉が勢いよく吹き飛んだ。
「つ・・・・?!」
春道は愕然とする。大きな音を立てて吹き飛んだ扉の向こうに何やら気味の悪い、鬼のような見たこともない化け物が居たのだ。
その化け物の身体は大きく、隆起した筋肉は人間離れしている。更には手足が長く、とてもバランスの悪い作りをした身体で、気色悪さと不気味さを放っている。
「な、なんだ、なんなんだアレは....!!」
「春道さん、早く!契りを結ぶのです!!」
パニックになりそうな春道に愛は駆け寄り、声をかける。しかし、こんな状況ではその声も届かず、春道は額に脂汗を流しながらその化け物を睨むばかりだ。
化け物はそんな春道を嘲笑うかのようにジリジリとその距離を詰めようと歩み寄る。
「は、羽衣さん、一体、アイツは何なの?こ、こんなのどうかしてるよ、きっと夢なんだ」
「夢ではありません、これは現実です!!ですから早く契りを結んで下さい!!!」
「こ、こんなの現実な訳ないじゃないか!それにさっきから契り、契りってよく分からないよ!!」
と、春道が情けない表情を浮かべて言い放ったところで、愛はハッとした表情を浮かべる。
そして、少し間を置いてから何か決心をしたような顔で再び口を開く。
「・・・・なるほど、春道さん記憶が。こうなれば仕方ありません、上手くいくか分かりませんがこちらからさせて頂きます。」
「えっ、?」
春道は困惑した表情で問い返そうとしたが、それはできなかった。何故なら、その口は愛の唇によって塞ぎ込まれてしまったからだ。
瞬間、顔が火照りだす。女神のように美しい彼女にキスをされてしまえば仕方がないだろう。
しかし、春道の中にはそれとは少し違う、不思議な感覚が流れていた。
「つ・・・・?」
春道の首に手を回し、勢いよくキスをした愛は少しするとその口を離した。
そして、春道と少しだけ見つめ合うと.....。
「お願いです春道さん。私を助けて。」
涙ぐむ目を懸命に開き、春道へ訴えた。
そんな愛へ春道は先程のような混乱した表情ではなく、何処か澄み切ったような、彼女を優しさで包むような表情で頷く。
そう、愛とキスをしたことで春道の中で流れ出した感覚というのはこれのことだったのだ。
目の前に現実では決してあり得る事のない事象、そして得体の知れない化け物を目にし、抱いていた恐怖がすっかりと消えていたのだ。
それどころか愛を守ろうとあの化け物と戦う気さえ芽生えてくる。
「ありがとう羽衣さん。目が覚めたよ」
「い、いえ、春道さんこちらこそです。」
「少しだけ待っててくれるかな?早い所アイツを何とかしないといけないからさ。」
「......はい、春道さん。」
優しく、なんとも頼りがいのある表情で言われた愛は頬を赤らめておっとりした顔をする。
春道は愛を背に、あの鬼のような化け物と戦おうと、今度はこちらから距離を詰める。
「ウゥゥウゥゥ......。」
距離が詰まり、春道と対面した化け物は不気味な声で唸る。
しかし、春道はそんな唸り声などには動じず、化け物を睨みつける。
そして。
「ウォォオォオー・・・・・!!!」
更に大きな唸り声を上げた化け物は春道へその腕を振りかざす。
化け物が放った拳は恐ろしく速く、また威力も凶悪なもので、教室に置かれている机などを無惨にも吹き飛ばしたが、春道はそれをするりと避けてしまった。
「っと.....なんか凄いなコレ、身体がバネみたいだ、それに軽い。」
化け物の動きはやはり、人間や生物を超越しているのだが、そんな動きを春道は格段に凌駕している。
もともと春道は武術や運動が得意ではないはずなのだが。
今度は春道が身体を捻り振りかぶると、まるでウサギのような脚力で化け物との距離を一気に詰める。
すると。
「ハァアァッ・・・・!!」
流れるように右ストレートを化け物の顔面へ打ち込んだのだ。
その威力は凄まじく、化け物であろうが、たまらず仰け反る。そして、春道は攻撃の手を緩めず、床を蹴って宙を舞うと、身体を一回転させて見事な回転蹴りを放った。
「ウゥ....ウ、ウゥ。」
「これで終わりだ。」
化け物に先程までの威勢はなく、背中から倒れると何とも情けない鳴き声をあげる。
すると春道はトドメを刺すかのようにもう一度宙を舞い、硬く握った拳を床に突っ伏した化け物の顔面へと再び叩き込んだ。
「はぁっ、良かった。やっと終わったよ羽衣さん、怪我はない?」
春道に拳を叩き込まれた化け物はまるで砂が散るようにその身体が崩壊していく。
決着は付いたようで春道は自分の後方にいた愛へ優しい言葉をかける。
「.....春道さん。ありがとう、ございます。」
と、答えた愛の瞳からは涙が流れていた。
そんな愛を見て春道は咄嗟に駆け寄る。
「だっ、大丈夫?何処か痛いところでも?」
「いえ、違います。春道さんが居たから今の私は生きてられるのです。本当に、本当にありがとうございます。」
「い、いやいや!俺のおかげなんてそんな...
でも、羽衣さんが無事で何よりだったよ」
春道が言うと愛は涙を流しながらではあるが笑を浮かべて頷く。
二人を包んでいた灰色の世界もいつの間にか元通りになっていて、教室には綺麗な夕日が差し込んでいる。
「あ、あの、それはともかく、さっきのはどう言う意味なのかな?」
「は、はい?さっきの?」
唐突に春道が問うと愛は首を傾げながら聞き返した。
「えっと、その、き、キスのこと.....。」
聞き返された春道は頬をかきながら照れ臭そうにそっぽを向いて答えた。
瞬間、愛の顔は真っ赤に染まる。
そう、教室に差し込む夕日よりも赤く。
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