3話・灰色の世界。
「おっ、やっと来たな春道、響先輩が怒ってるぞ〜?」
「怒ってはいないわ、ただ、その身体を誰に売り歩いていたのかしら?」
教室にて愛と話をした後、春道が部室を訪れるとそこにはすでに響と蓮、琴乃、それに加えて顧問の日向先生が既に居た。
「....あははっ、売り歩いていただなんて、俺は響先輩からどういう人間だと思われてるんですか?」
と、お決まりの響の冗談に春道は苦笑いを浮かべながら答えたが、その声に覇気はなかった。
教室からここへ来る道中、そして今に至っても愛に言われた言葉が脳裏によぎるのだ。
そんな春道にすかさず蓮は声をかける。
「おいおい〜、どうしたんだよ春道、失恋でもしたのかー?」
「えっ?どうして?」
「はる、明らかにさっきと違う。」
「確かに今の春道君にはいつものような淫獣さが足りてないように思えるわね?」
と、蓮に続き響と琴乃までにも突っ込まれてしまった春道は流石に少し困った顔をした。
しかし、そんな春道のことを見かねてか、顧問である日向先生が口を挟む。
「はいはい、失恋した椎名のことはいいから、さっさと部活はじめろ〜、ただでさえこの部は活動内容が無いってやじられてるんだからな」
と、気だるそうな声色でコーヒーが入ったマグカップを片手に本を読みつつ日向先生が指示をした。
「そうね、とりあえず春道君のことは置いておいて、今日の部活を始めましょうか。どうせ大したことでは無いんだろうし」
「そうっすね、それで今日は何をするんですか?響先輩」
と、日向先生の一声で話題が自分からそれたことで安堵した春道は安堵しながら息を吐いた。
しかし、琴乃だけは何処か疑ったような目で春道のことを睨みつけている。
「そうね、今日は久しぶりにこれをしましょう」
そう言って響が机の上に出したのはシンプルな人生ゲームだった。そう、レクリエーション部というのはそのままの意味で、こうしていつも決まったメンバーでダラダラとボードゲームなどをしているのだ。
「おっ、目指せ億万長者っすね、春道だけには財力で負けたことないし」
「おいおい、人を貧乏神みたいに言うなよ」
「ははっ、借金大王だもんな〜春道は!」
しめしめと笑いながら話す蓮を春道は少し睨むと、またいつもの調子を取り戻したようで、今日も今日とて怠惰なこの部活に励むのであった。
それから約、1時間半といった所だろうか。
学校内に下校時刻を知らせるチャイムが響いた。
「あーあ、また借金ばっかだった」
「ははっ、だから言ったろ春道」
「人生ゲームが弱いって結構辛いわよね、そのままリアルの人生まで破滅しそうじゃない?」
例の如く大敗した春道はことごとく蓮達から笑われる。人生ゲームというものはルーレットで出た目がゴールの起点となるので確率的なものだとおもえるのだが、残念なことにそんな理屈は春道には通用しない。
春道達が話をしていると、顧問である日向先生が、ぱたんと本を閉じ、席を立つ。
「それじゃまた明日な〜、気をつけて帰れよ」
相変わらず気だるそうに話すと日向先生は着ている白衣のポケットに手を突っ込んでフラフラと視聴覚室から出て行った。
「俺達も帰るか」
「だな、あー、今日も楽しい部活だった」
「そうね、帰ろっか。」
と、春道が提案すると蓮と琴乃がそれに同意した返事をする。
そして春道は部長である響にも視線を向けると彼女もまたコクリと頷いて、カバンを手に持ち席を立った。
こうして4人は新学期と言えどもいつもと変わり映えのない1日を過ごし、帰路に着くのであった。
「ったく、もう夕方だってのになんでこんなに熱いんだー?」
「そりゃあ、残暑が激しいからでしょ、このくらい我慢しなさいよ」
校舎を出て校門を潜ろうかという時、忌々しそうに夕日を睨みながら蓮は額の汗を拭う。
そんな蓮とは対照的に琴乃は涼し気な顔で答えた。
そんな他愛もない話を二人はしていたが、その間に居る春道はそんな話など聞いてはいなかった。ふと、思い出してしまったのだ、先程の愛との出来事を。
部活に夢中になり、そのことは意識の隅に寄せられていたのだが、やはり一度思い出してしまうとモヤモヤする。
と、そんな春道はある決断をする。
「ごめん、二人とも俺、また忘れ物したみたいだ」
「はぁ?また?はるは、ねぼすけに加えて忘れん坊にもなったの?」
「くくっ、忘れん坊の春道君っ」
琴乃は呆れたように、蓮はいつも通り馬鹿にしたように答えたが、春道にとって今はそんなことなどどうでも良い。
彼がしたある決断とは単純で、愛としっかり話すことだ。彼女の言っていることの意味がわからなくてもあんな風にはぐらかして話を一方的に終わらせるのは良くない。
教室に忘れ物を取りに行くと言ったのは単に彼女に会いに行く口実だ。しかし、彼女がまだ教室に残っているかどうかも分からない。が、春道の足は止まらなかった。
「それじゃ、二人とも先帰ってていいからね?」
「もう、早くするのよ!!」
「そうだぞ春道〜、じゃないと琴乃ちゃんはぷんぷんだ!!」
と、二人は答えたのだが、春道はロクに返事もせず、教室へと駆ける。
全ては彼女ともう一度話をするため。
もう一度話をしてあの悲し気な顔を笑顔にしたいがためだ。
頬に汗を流しながら教室へと続く階段を春道が駆け足で登っていると、ふととあることに気づく。
校内が静かすぎるのだ。
まだ下校していない生徒たちの声や足音などが聞こえてきてもいいのに君が悪いくらいに静まり返っている。しかし、愛にまた会いたいという気持ちからか、その静けさは春道の中でさほど気にはならなかった。
そして。
「羽衣さんっ......!!」
教室へ到着した春道は出入り口の扉を勢いよく開けながら叫んだ。
すると、幸運なことにあの女神のような見た目をした愛が席に座りながら窓の外をぼーっと眺めている。
「春道.....さん?」
「さっきはごめん!あの、よく分からないけど君の話、ちゃんと聞きたいなって思って.....」
こちらに気づいた愛に春道は自分の気持ちを伝えようとするよだが、途中で言葉を詰まらせてしまった。
春道のは話を聞く彼女の表情がやけに強張っている、というか何処か酷く怯えているような気がしたのだ。
そして、そんな愛の顔を呆然と春道が眺めていると、今度は彼女が勢いよく口を開いた。
「な、何故、戻って来てしまったんですか、春道さん......!!!」
「な、何故って、あんな態度をしちゃったから悪いと思ってさ」
と、いきなり語気を強めた愛に狼狽えながらも春道は言葉をかける。しかし彼女の表情は変わらず、それどころかどんどん酷くなっていく。
「.....お願いです、春道さん逃げてください、そうすればまた、またいつの日かお会いできますから、お願いです。」
「えぇっ?に、逃げる?逃げるって一体何から?悪いけどもう少し分かりやすく.....」
もはや涙目で訴える彼女の姿を見て春道は動揺を隠せなくなった。そして、言いかけた言葉を呑み込みながらとあることに気がつく。
「な、なんだ、これ......。」
春道の周り一面、いや、校舎、外のあらゆる景色が灰色に染まっていたのだ。
一体、何が起きているのか、目の前に立つ愛に話をしようと思っていただけなのに、このとてつもなく気味の悪い事象はなんなのか、春道は周りをキョロキョロと眺めながら頭を回す。
と、少々混乱した春道に愛が言葉をかける。
「・・・・・・・・こうなれば二度目の契りを結ぶしかありません、春道さん。」
「契り......?」
このような状況で今しがた愛が発した聴きなれない言葉を春道は必死に理解してみようとしたが、混乱した頭では出来そうもない。
ただ呆然とオウムのように復唱するだけであった。
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