2話・愛と記憶。
羽衣愛が転校してきたその日の昼、春道は蓮に誘われて屋上で昼食を摂ることになった。
「いやー、ビックリしたわ、今や全学年に羽衣さんの話が出回ってるってさ」
と、春道が購買部で買ったパンを口に運んでいると蓮が話を振った。
「ん?そうなのか?」
「あぁ、見れば男女関係なく彼女に見惚れるってな?確かにあのスタイルと顔立ちはモデルにもそうはいないんじゃないか?」
「まぁー、そうかもな」
少々、熱く蓮は語ったのだが、話を聞いてる側の春道は何処か上の空のようだった。
「おいおい春道、あんな可愛い子にも興味ないのか?昔からお前の周りには可愛い子がたっくさん集まって来るってのに。」
「べ、別に興味がないってわけじゃないよ、でもあの子、どっかで......。」
そう、春道は蓮の話や羽衣愛について興味がないわけでは無い、ただ彼女について何か知っているような、赤の他人ではないような、そんな気がしてならないのだ。
と、春道が彼女について頭を回していると、屋上の出入り口の戸が音を当てた。
「あら、やっぱりここに居た」
音を立てて開かれた扉の向こうにいたのは、春道達の一つ上の学年、2年生の神崎響だった。
「あっ、神崎先輩、お久しぶりです」
「響先輩じゃないですかー!」
2人は先輩である響のことを歓迎した。
響は一つ上というだけあって、春道の学年の女子よりも大人っぽく、容姿も端正であるがために少し色っぽい。
「久しぶりね、春道君。夏休みの間は私以外の女とベッドの上で切磋琢磨してたのかしら?」
「ははっ、そのノリ久しぶりですね、残念ながら夏休みは課題の山で切磋琢磨してました」
その容姿とは対照的にいきなり重度の下ネタを響はぶち込んで見せたが、春道は動じずに応じる。彼女は頭もよく男子女子問わず学校内で人気なのだが、どうも春道の前だとこんな調子なのだ。
「そう、なら良かった。話は変わるけど今日、貴方達のクラスにすごく美人な転校生が来たんだとか?」
「はい、学校中で噂になってるみたいです」
「本当だったのね、その転校生に春道君の貞操を奪われないと良いのだけれど」
「大丈夫ですよ、きっと俺みたいな奴が付き合えるような相手じゃ無いですから」
「フッ、謙虚なところもゾクゾクするわね春道君。」
真っ昼間から一体何を言ってるのか。慣れたとは言ってもそう思ってしまう春道は言葉を呑み込むと、響に向けて苦笑いを見せた。
3人がそんな話をしているとまたチャイムがなる。
「あら、もうこうな時間?良いところだったのに。仕方ないわね、続きは部活の時に聞くわ」
「はい、やっぱり今日から部活もあるんですよね?」
「えぇ、何か予定でもあったかしら?」
「いえ、久しぶりなので楽しみです」
笑顔で春道が答えると響も笑みを浮かべた。
部活というのは、兼ねてより春道が所属しているレクリエーション部のことで響と出会ったのもこの部がきっかけだ。しかし、部員数は春道を含めて4人、それに担任の日向先生が加わり五人となっている。なので部活の内容は大変緩いものだ。
「それじゃ行きましょう、授業に遅れたら行けないわ」
「はい、響先輩」
「はーい響先輩!ってさっきから俺だけずっと無視されてないか......?」
少し不満気に蓮が言うが、春道と響はそんなことは尻目に屋上の扉から校舎内へと入っていったのであった。
数時間後、放課後を迎えた春道達は予定通り部活に参加するため、第二校舎の視聴覚室へと向かおうとしていた。
「それじゃ行こうか、響先輩待たせちゃうし」
「あぁ、そうだな春道」
「......ほんっとうに、はるはあの変態女のことが好きよね」
今朝から苛立ちを見せていた琴乃はその不満を部室へ向かおうとする春道へ表しながら話す。
しかし、そうは言っても実のところ琴乃もレクリエーション部の一員な訳で、いくら響に不満を抱こうとも我慢しなくてはならない。
「まぁ、まぁ、響先輩は悪い人じゃないから」
「悪い人よ!!少し目を離せばはるに、えっ、えっ、えっちなこと......」
顔を真っ赤にしながら琴乃が何かを言おうとしている時に春道は、ふと、何かを思い出したような顔をする。
そして。
「ごめん2人とも、教室に忘れ物した」
「はぁー?もう視聴覚室まで階段登るだけなんですけど?」
「ごめんごめん、でも今日、新しく出た課題のプリントだから取りに行かないと」
「部活のあとでいいんじゃない?」
「忘れたら嫌だし、今取りにいってくるよ」
そう言い残した春道は2人を置いて駆け足でUターンして行った。
教室の前まで戻ると、生徒達の声はせず静かで、皆、各々が部活に出たり帰宅したりしたようだった。
春道はそんな誰も居ない教室の戸を引いた。
「プリントどこしまったかな......」
呟きながら春道は自身の机の中をガサゴソといじる。
「……っと、あった!!」
探していた物が無事に見つけられたようで春道は少しだけ声を上げる。
そして、再び部室に向かおうと顔を上げた時、春道の動きは止まった。
「どうも、春道さん。」
春道の隣の席に今日転校してきた愛が居たのだ。
先程まで誰も居なかったはずのしかも隣の席に彼女が居ることに春道は困惑した。
「ふふっ、そんな顔しないでください、まるでお化けでも見たみたいですよ?」
「......っあ、ご、ごめん羽衣さん。僕、全然気づかなくって」
「いえ、いいんですよ」
彼女は狼狽える春道を見て嬉しそうに笑いながら返事をする。
「それより、私、春道さんと話がしたいです」
「僕と?で、でも今は少し時間が......」
「少しでいいんです、ダメですか?」
と、愛はまるで宝石のように輝く瞳をうるうるさせながら春道に問う。
春道はこれには参ったと言う表情を浮かべながらも首を縦に振って彼女の願いを承諾した。
「ふふっ、ありがとうございます。お話というのはお願い、でもあるのですけど良いですか?」
「は、はい、良いですよ?」
「それじゃあ、私を守ってください。」
よく分からない。
春道の頭の中は一瞬でこんがらがった。
いや、守るという言葉の意味は分かるのだが、何故、今日会ったばかりの愛に言われているのか、そしてその守って欲しい、という言葉の意味はそのままの意味なのだろうか、という想いが春道の中で駆け巡ったのだ。
「あの、どういう意味かな?」
すかさず聞き返す。
「ですから、守ってください、私を怪異から。あの、吹雪の夜の逆です」
と、愛は答えてみせたのだが春道には見当が付かなかった、しかし何故だか彼女の言葉に異常なほど合点がいったというか、胸のモヤモヤしていた物が晴れたというか、不思議な気がした。
「ご、ごめん羽衣さん、僕やっぱり急がなきゃだから、その話はまた後ででも良いかな?」
「......そう、ですか。」
少し冷たいかもしれないが、やはり意味不明だと思った春道は断ることにした。
愛は断られたことがショックなのか、目を丸くして、動揺しているようだった。
「そ、それじゃ、羽衣さん」
「はい、春道さん。どうかまた会えましたら。」
こうして春道は愛を教室へ置いて逃げるように部室へと向かったのであった。
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