1話・女神な転校生。

夏休みも終え、新学期を迎えようかという日、残暑と未だに五月蝿く響く蝉の声で椎名春道は少し気だるそうに目を覚ました。


「はる!早く起きなさい!今日、始業式だよ!!」

「ん、もう少しだけ・・・・」

「だめ!!はーやーくっ!!!」

布団を頭まで被り、ぐずぐずとする春道に大声で騒ぎ立てるのは幼なじみの葛井琴乃くずいことのだ。


琴乃は学校がある日は毎日、こうして朝に弱い春道を叩き起こしに来ている。


「琴乃、頼むからあと5分・・・・」

と、また春道が子供のようにぐずろうとしたところで琴乃の鉄槌が彼のみぞおちにたたき込まれた。


「ぐっは......!!」

「ったく、何で毎朝こうされないと起きないのよっ、春道は!!」

「べ、別の意味で永遠の眠りにつきそうなんだけど......。」

「......まだわからないの?」

「ヒィッ!!分かってます!起きますから!」

「よろしい。ご飯できてるわよ」


痛む腹を押さえながら春道は飛び起きる。

そしてまだ腹立たしさを表情に浮かべた琴乃と共に自宅の一階へと降りて行ったのであった。



食事を摂り終えた春道は普段通っている十禅師高校の制服に袖を通す。

夏休み明けで少しぎこちない動きで春道がネクタイを締めているとすかさず琴乃が声をかける。


「ほら、こっち向いて」

「こ、このくらい自分で......」

「いいから」


と、少々、強引ではあるが琴乃は春道の首元に手をかけると流れるようにその器用な手つきでネクタイを締めていく。

春道からすれば琴乃の可愛らしく、少し幼い顔が至近距離に迫り、少し照れ臭い。


「はい、これでよしっ、少し早いけど始業式から遅刻って訳には行かないし、そろそろ行くわよ」

「あっ、あぁ。」


声を掛けられた春道は照れ臭さを誤魔化すように返事をし、玄関へと向かった。


「おばさーん!今日もご飯ありがとう!」

「はーい琴ちゃん、こちらこそ春道のこといつもありがとうね、2人ともいってらっしゃい」


玄関で小さなローファーを履きながら台所に居る春道の母に琴乃が声を掛けると陽気な感じで返事が返ってくる。

そして。


「「いってきます」」


靴を履き終えた春道と琴乃は玄関を跨ぎながら同時に挨拶をした。

そして、外へ出ると目に入ってくるのは歴史を感じさせる神社の本殿と朱色に染まる立派な鳥居だ。

春道の実家は代々、神主の家庭で、住む家もその境内に隣接しているのだ。


周りをぐるっと山々に囲まれていると言うこともあり、その景色はとても綺麗なものだ。


「うぃーっすっ春道!と、琴乃ちゃんっ!」


家を出た2人に鳥居の影から声がかかる。

声の主は琴乃と同様に春道の幼なじみである榊原蓮さかきばられんだ。幼い時から家が近い3人はこうして高校生になった今でも毎朝一緒に登校している。


「うぃっす、蓮、今日も元気だな」

「あのさ、その琴乃ちゃんって呼び方やめてって言ったわよね?」


と、蓮に対する返事は春道と琴乃で大分違った。兼ねてより理由は分からないが琴乃は蓮に冷たいのだ。


「いいじゃんかー、幼なじみだろ?」

「そうだぞ琴乃、幼なじみは仲良く、だ。」


調子のいい蓮に春道が味方すると琴乃はますますその顔に不満を募らせる。


「もう!!いいわよ!そんなに仲良くしたければ2人で行けば良いじゃない!!ふんっ!」


と、琴乃は言い放つと春道と蓮の前から足速に去っていく。

そんな琴乃を見て春道は少し困った表情を浮かべた。


「ったく、なんなんだー琴乃は。そんなに蓮のことが嫌いなのか?もう子供じゃあるまいし」

「ははっ、そうかも。でもお前も少しは女心っていうものを理解した方がいいぞー。」

「なんだそれ、どういうことだ?」

「さぁーね?」


歩みを止めて聞くが、蓮もそんな春道を置いてどんどん歩いていく。

春道は首を傾げつつも、そんな2人と共に学校へと歩いていくのであった。




15分後、3人は学校に着くと慣れたように自分たちのクラスへと向かう。

新学期となれど、これといって変わったことはなく、夏休み明けのまだ少し浮ついた空気が流れる生徒たちの間を歩く。



「なぁ春道、今日、転校生が来るって噂があるんだけどお前、知ってるか?」

「転校生?そんな話聞いてないけど?」


廊下を歩きながら不意に蓮の話に返事をする。

春道はこんな微妙な時期に転校などあるのだろうかと、思いつつも蓮が言った通り噂レベルでしかないと、話を呑み込んだ。


そんな話をしながら2人が歩いていると聞き慣れたチャイムの音が響く。

このチャイムは春道達が通う十禅師高校でホームルームが始まる合図だ。

と、まだ話の途中ではあるのだが、チャイムの音を聞き、春道と蓮は少し慌てて教室に向かった。


「お前ら席付け〜、ホームルーム始めるぞ〜」


小走りで教室に入ると、既に担任である日向先生が他の生徒達に声をかけている。

声を掛けられた生徒達は席についたものの、皆少しざわついていた。

きっと例の転校生が来る、という噂のせいだろう。


「今日から夏休みが明けて二学期だ、別にしっかりしろとは言わないが、問題を起こしたりしないように1学期同様学校生活を送ってくれ」


と、生徒達の期待を尻目に日向先生は髪をかけ上げながらクールな口調でどの学校でも聞くような休み明けの挨拶した。

教室内には期待を裏切られた、と言わんばかりに生徒達が吐く息の音がした。


「なーんだ、あの話はデマだったのか、残念だな春道〜」

「あぁ、そうだな。」


うんざりした感じで席の近い蓮に声を掛けられた春道は同意を込めた返事をしたが、内心、そんな噂など信じてはいなかったので、さほどショックではない。


「よし、そーゆーことだ、今日からまた宜しくなーお前ら。」


話が終わったようで、一言言い残した日向先生は教室から出ようとする。が、しかし、教室の扉に手をかけた瞬間、何かを思い出したかのように再び口を開いた。


「っと、一番重要なこと忘れてた、今日からこのクラスに転校生が来ている」


少々慌てながら日向先生が生徒達に向けて言うと、少しざわついていたはずの教室内は一気に静まり返る。

皆、頭の中に例の噂は本当だったんだ、と浮かんでいたからだろう。


「じゃあ、入ってくれるか?一応、自己紹介してもらうってことになってるから。」


と、先程手をかけた教室の扉を少しだけ開き、廊下に立つ転校生であろう生徒に日向先生は申し訳なさそうに話した。

そして、言われた通り、その転校生は教室内足を踏み入れたのだが......。



「「「「つ・・・・・・・・?!」」」」


と、転校生を見た途端、教室内にいた生徒達は春道を含め、皆、目を丸くした。

その転校生は本当に同じ高校生なのかと疑いたくなるほどの美貌と、美しく伸びた黒い髪を優雅に流す、見れば誰もが息を呑むような、そんな容姿をしていたのだ。



「初めまして皆さん。羽衣愛はごろもあいと申します、今日からどうぞ宜しくお願い致します。」


愕然とする生徒達に転校生、愛は儚く、容姿と同様に美しい声で挨拶をする。しかし、生徒達は皆、何を言うわけでもなく、ただ黙って見つめるばかりだ。

春道も他の生徒と同様に表情を固めながら、愛のことを見ていたのだが、その意は少し異なる。確かに彼女は女神のように美しいのだが、どこかで会ったような、どこかで彼女を見たようなそんな既視感が春道の中にあったのだ。



「それじゃ羽衣、空いてる席に座ってくれ」

「はい、分かりました」


返事をした愛は、一つだけ空いた席を眺める。

その席は春道の席から割と離れた席で、廊下側だ。


「あの、先生、こんなこと言うのは間違っているかもしれませんが、私はあの席がいいです。」


と、先程返事をしたはずの愛は指定された席が不満だったらしく、日向先生に提案する。

この提案は転校生とは言っても普通であれば通ることはない。元より空いた席は一つだけだし、ルールには厳しい日向先生であれば尚更聞き入れることは無い。が、しかし、愛に言われた日向先生は、一瞬、間の抜けたような表情をすると......。


「あっ、あぁ、良いぞ。」

「はい、ありがとうございます」


日向先生は、愛の提案を許してしまった。そして愛が変更を提案した席は、先程から不思議な顔で彼女を眺める春道の隣の席だっのだ。

元々、春道の隣に居た女子生徒も何処かとり憑かれたかのように愛のためにその席を空ける。


「失礼します、今日からお願いしますね」


春道の隣の席に着いた愛は少し笑みを浮かべながら話した。春道も不思議に思いながら返事をする。


「あっ、うん、宜しく羽衣さん」

「はい、春道さん」


こうして、何処か不思議な転校生、羽衣愛と出会い、春道は高校1年の新学期を迎えたのであった。

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