グルメデート!⑨

「んー! これ、フライもおいしいですけどタルタルソースも絶品です! さすがオリジナルレシピだと謳っているだけありますね」


 口元を手で隠しながら双葉さんがこちらに目を向ける。さっき買いそびれたフィッシュアンドチップスを頬張る彼女の目は目一杯開いており、頬も緩んでいる。その表情だけで、さっきのお詫びとして奢ってあげた価値があるように思える。


「あれ、実月さんは食べないんですか? 冷めちゃいますよ」


 双葉さんが実月の顔と手元を見比べながら首を傾げた。手元には双葉さんの物と同じ鱈のフライときつね色の芋が詰め込まれた紙製のランチボックスがある。ただし、お店で手渡された状態をそのままに留めていた。


「あ、うん。ちょっとぼーっとしてて」


 ハッと気がついた実月は咄嗟にランチボックスの中に指を入れ、適当に目に付いた鱈フライをつまみ上げようとした。しかし、


「熱っ!」


 出来たてを手渡されたということもあってフライ自体が非常に熱々で、つまみ上げようとした指がそれに耐えられずフライが元の場所へ戻ってしまった。


「大丈夫ですか?」


 実月がフライをつまみ損ねた様子を見ていた双葉さんは、実月が自分の指に目を遣るよりも早く実月の手を掴んで指の様子を心配そうに見ていた。あまりの反応の早さに言葉を失っていると、双葉さんが実月の顔を見上げた。


「実月さん?」

「あ……、うん、大丈夫だよ」

「もしヒリつくようでしたらこれで冷やしておいた方がいいかもです」


 そう双葉さんがレモンサワーのコップを差し出すと、実月の手を開いてコップを包ませた。既に双葉さんが口を付けた物ではあったけど中身がまだ冷えたままだったので、指先のヒリつく感覚を抑えてくれていた。


「うん、ありがとう。でも、そんなに心配するほどじゃないと思うから」


 渡されたレモンサワーのコップをそのまま返す。すると、双葉さんはそれと引き換えのように棒状の物を差し出してきた。


「あと、これを使ってください。これなら指をやけどしなくて済みますよ」


 渡された物は木製の使い捨てフォークで、これはさっきのお店でフィッシュアンドチップスを買った時に貰った物だ。双葉さんが食べるときに使っていたから、思わずフォークと彼女の顔とを見比べてしまった。


「あ、ありがとう」


 おずおずとそれを受け取ると、さっきのフライにフォークを刺しタルタルソースにくぐらせてから自分の口へ運ぶ。歯を入れるとサクッと崩れる衣に包まれた鱈の身はパサついておらずふわふわだ。オリジナルを謳うタルタルソースもピクルスの酸味が程よく、濃厚さと爽やかさのバランスが絶妙だった。

 これはおいしいぞ。自分の口角が持ち上がってしまう。思わずふたつ目のフライにフォークを刺し、今度はポテトと一緒に頂いた。


「おいしいですか?」


 勢いのままもう一個口に運ぼうとしたら、双葉さんが微笑んでいるのが横目に見えた。


「う、うん。おいしいよ」

「ふふっ、私が実月さんを落ち込ませたのにこういうのは変ですけど、元気が戻ってきたみたいで良かったです」


 その台詞に自分の顔がどんどん熱くなっていくのを感じた。こんな自分の緩んだ表情を見られたことなんて今までもあったはずなのに、どうして今更?


「いや、それは俺のせいだったわけだし……」

「それはもういいですよ。実月さんは今後気をつけるって言ってくれましたから」


 それで許されたのか。実月としては、せっかく双葉さんとしっかり向き合うと決めた訳なのだから、双葉さんが不快に思うようなことをしないように気をつけようという気持ちに嘘は無い。自分の精神衛生的にも。

 ただ、実月にはどうしても頭に引っかかって離れない物があった。それが何なのか言葉にできない、というより双葉さんの前で言葉として下手に口から出してはいけないような物だ。別に双葉さんの気持ちを疑っている訳では無いのだが、逆にそんな簡単に許せるのかと疑問に思ってしまうわけで……。


 そんな気持ちの実月とは裏腹に、双葉さんは実月をニコニコと見つめていた。


「やっぱり実月さんの食べてる時の顔は可愛いです」


 思わぬ言葉がその口から飛び出してきたので、思わずぎょっとした


「あ、あのさ、俺は一応三十手前で、可愛いなんて言われるような歳じゃもう無いわけだし」

「でも本当に可愛いですよ。食べてる物がおいしいんだなっていうのが伝わってきますし、何よりとても幸せそうですから」


 なんでこの歳で可愛い責めされているんだ! 頬から汗が噴き出す勢いで顔中がオーバーヒートしていき、たまらず双葉さんの視線から逃れるように顔を逸らした。急速に口の中が乾いていくのも相まって、何か飲むものが欲しい所だ。今からでもどこかでウーロン茶でも……。


「――ん?」


 そのとき、顔を向けた先で何かが動くのが見えた。いや、イベントだから動いている人は一杯いるんだけど、実月がガバッと顔を逸らしたタイミングでビクリと動いたように見えたのだ。

 その動いた何かの方へ目を向けると、四人ほどのグループがテーブルを挟んで顔を合わせている。そのうちふたりは背中を向けていたが、明らかに身を縮めている様子だ。残りのふたりもその陰に隠れるように縮こまっている。まるで、誰かに見つからないようにと祈りながら隠れているように。

 そして何よりも、ひとりを除いてその姿には確実に見覚えがあった。何しろそのうちふたりはついさっき一緒にいたから。


「どうしましたか、実月さん?」


 ずっと明後日の方向を凝視していたら、双葉さんが横から近づいてきて実月が向いてる方へ目を向けた。


「ちょっとさ、そこに知ってる人がいるから挨拶に行ってみない?」

「……そうですね。行きましょうか」


 そこにいる人たちのシルエットで双葉さんも察したようだ。頬が引き攣りそうになっている実月に対して、彼女は苦笑い気味だ。

 自分の分のフィッシュアンドチップスを手に抱えると、双葉さんと並んで四人組の所へ歩き出す。その間も四人組は頑なに身を縮め続けており、その姿がもはや滑稽だった。


「沖田さん、阪根さん、碧くん。お疲れ様で~す」

「お疲れ様です、春日井さん」

「お、おう。偶然だな」


 そう声をかけると、観念したかのように沖田さんがこちらへ振り返る。偶然を装おうとしているようだが、かえって頬が引き攣っているように見える。


「見苦しいわよ、由高」


 その隣でため息交じりに呆れていたのは春日井さんだ。以前の合コンの時と違って後ろで纏めていた髪を下ろしていたので一瞬誰かわからなかったが。そういえば甲羅焼きを買いに行ったときに知ってる人とすれ違った気がしたけど、あれは春日井さんだったのだろうか?


「あぁ、野中さん。また会いましたね……」

「本当にすみません!」


 残りのふたりは阪根さんと碧くんで、沖田さんと同様に気まずそうに表情が強張る阪根さんに対して、碧くんは目をぎゅっと閉めながら申し訳なさそうに何度もペコペコしていた。


「もしかして、四人揃って俺たちをつけてたり……」

「いやー、たまたまだって。それに阪根ちゃん達と合流したのは本当についさっきだし」

「そうですよ! 沖田さんとさっきたまたま合流したのは本当ですから!」


 ふたり揃ってたまたまだと口にして、しかも偶然に遭遇したことを強調するあたり、どうやら最初から実月たちのことを付けてきてたんだろうな。思わずため息が漏れてしまった。


 そのあと双葉さんの提案でみんなでグルメイベントを巡ることになったが、トリプルデートというよりも職場の飲み+αみたいな感じになったのは言うまでもない。

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