グルメデート!④

 ここ一、二ヶ月くらいで鏡を見る習慣が身についたのは、きっと気のせいじゃないと思う。前髪が風で乱れるのを防ぐために使う整髪料だって、その使い方を覚えたのも最近の話だ。

 目元をうっすら覆う程度に前髪の流れを整えると、鏡から顔を話して頭全体を確認する。櫛でとかした髪の毛に寝癖のような乱れは見られない。よし!

 続けて、洗面台から一歩離れ服装の確認。上半身のシルエットに締まりが無いように見えるのは、丁度いいサイズのミリタリージャケットがたまたま無くてひとつ上のサイズを選んだせいだ。袖が余ってしまっているが、全体的におかしい所は見られない。よし!


 双葉さんとのデート当日ということもあって、いつもより身だしなみの確認が入念になっている。それでもおかしなところがありそうな気がして、洗面台の前を通る度についつい鏡を見てしまう。そうやって何度も気をとられて、気がついたらもう出発する時間になっていた。


 意を決して部屋を出て鍵を閉める。そこから北千住駅までの道のりでは、すれ違う人の視線がどうしても気になってしまった。いや、勝手に実月自身が気にしているだけなのだが、おかしなところがあったらどうしようという考えが頭からずっと離れてくれなかったせいだ。


 北千住駅の地下に降りて千代田線のホームに入ると、ちょうどいいタイミングで列車が入ってくる所だった。降りてきた階段から近い車両に乗り込むと、車内の座席がもうすぐで埋まりそうな程の乗車率だった。

 見回してみると車両端のシートがたまたま空いていたので、そこへ近寄り腰を下ろす。ふうっとため息を吐くと同時に電車が動き始め、向かい側の窓の外でいくつもの蛍光灯が通り過ぎていた。

 そんな窓の外を何となく眺めていると、突然目の前に人が立ち視線を遮られた。おもむろに目線を上げると、見知った顔が実月を見下ろしていた。


「おはようございますっ、実月さん」


 双葉さんだった。デート本番前で気を抜いていたところでの鉢合わせに、心臓が跳ね上がった。


「お、おはよう! えっと、同じ電車だったんだね」


 思わず声が上擦ってしまい一気に顔が熱くなったが、双葉さんはそんな実月をにこやかに見つめていた。


「はい。隣に座っていいですか?」

「え、うん、いいよ」


 そう答えると、双葉さんは失礼しますと言いながら実月の隣に腰を下ろした。


「今日は誘って頂いてありがとうございます」

「いえいえ。えっと、今日はよろしく……お願いします」


 横に座った双葉さんとの距離が思ったよりも近くてついつい畏まった言い回しになってしまったが、双葉さんもこちらこそと会釈してくれた。

 ふと目線を下ろして双葉さんの格好を見ると、ワンピースに秋らしい鮮やかな赤のカーディガンという姿で相変わらず可愛らしい。そんな彼女を前に自分の格好が釣り合っているのかどうか、つい周りからの目線が気になってしまう。


「……実月さん?」


 はっと気がつくと、双葉さんが首を傾げながらこっちを見つめていた。


「ああっ、ごめん」


 さすがにジロジロと眺めすぎてしまっただろうか? いくら好意を持っている相手だとしてもさすがにキモいだろうなとは思ったが、双葉さんはあまり気にしてない様子で、


「なんだか、実月さんの私服姿って新鮮ですね」

「そ、そう……かな?」

「すごく似合ってますよ」


 面と向かってにこやかに私服姿を褒められて、つい彼女から顔を逸らしてしまう。


「あ、ありがとう」


 まさかこんなストレートに似合ってるって言われ照れくさかったが、その反面ホッと胸を撫で下ろすことができた。アドバイスをくれた阪根さんには今度ご飯を奢ってあげよう。

 ……そうだ。こっちからも双葉さんの服を褒めてあげないと。


「えっと、双葉さんも……秋らしい色合いでいいね」


 なんだか取って付けたような言い回しになってしまった。きょとんとする双葉さんが目に入ると、途端に顔が発火したように熱くなる。


「あ、えっと今のはその……」

「いえ、ありがとうございます」


 顔を赤らめながら会釈をする双葉さん。あー、慣れないことはするもんじゃ無いな。何か話題を変えないと……。


「えっと、今日行くグルメフェスなんだけど、何か食べたいものがあったりする?」

「はい。調べてきましたよ。私、ウニと鮭いくら丼を食べてみたいです。実月さんは何かありますか?」

「俺は久しぶりにカニを食べたいなって」

「いいですね。私もカニはしばらく食べてないです」


 なんとか気まずい雰囲気からの脱出に成功できたようで、ホッとため息が漏れる。


「あとは三陸産鱈のフィッシュアンドチップスも気になったかな。アレは絶対ビールと合わせたら最高だと思う」


 これから食べたいものを頭に思い浮かべてみると、それだけで口の中が潤ってくる。そのせいで口からよだれが垂れそうになってしまい、慌てて口元を手で押さえる。そんな実月を見て、双葉さんは微笑みながら口を開いた。


「実月さん、改めてよろしくお願いします。今日はいっぱい食べましょうね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る