グルメデート!③
これで大丈夫だろうか? 床に上下セットで広げた服を見下ろしながら、思わず眉間にぐっと力が入る。双葉さんとのデートを翌日に控え、実月は着ていく服の最終確認をしていた。
阪根さんのアドバイスに従って、白シャツの上に新しく買ってきたカーキ色のミリタリージャケットを追加。下は緩めなジョガーパンツに変えてみた。大人しめだけど、色はひとつ増えたし力が抜けた感じのセットになって、最初に自分が選んだものよりも遙かにマシになった……気がする。
それでも不安はなかなか拭いきれるものではなく、このセットを写真に撮って阪根さんに確認してもらうかとも考えたが、さすがに迷惑だろうから止めておいた。
まあいいや。こればかりは自分を信じるしかないな。広げた服をハンガーに通してクローゼットにしまう。ふとテレビ横の電波時計に目を遣ると、既に夜の十一時を過ぎていた。普段ならベッドの上で読書している時間だが、明日はデートの本番だからもう寝なくてはいけない。
部屋の照明を消してベッドの中に潜り込む。特に見るものが無い目を閉じて、すうーっと深く息を吐く。かすかに何かの家電が動いているような音が聞こえるが、何の引っかかりのない全音符はただの環境音へとなり果てていた。
……全然眠れないな。今日は服を買うために出かけたからそれなりに疲れを感じてはいるはずだけど、頭が仄暗い淵の底へと引きずり込まれるような感覚が全くやってこない。意識して瞼を閉じてみるものの、その『意識してる』ということがかえって気になってしまう。困ったな。明日は本番だっていうのに……。
仕方なく大きく息を吐きながら身体を横に向ける。目を薄く開くと、ぽっかりと何もないベッドスペースがそこにあった。ついこの前、そこで目を閉じて寝息を立てていた双葉さんが居た場所だ。
明日、双葉さんとのデートなんだな。今更ながら、そのことを噛みしめる。途端に自分の心臓の音がはっきりと感じ取れるようになった。
まさか、こんな自分に女の子とデートする日がやってくるなんて……。あと何時間後に迫っているのも関わらず、未だに心のどこかにはそのことを疑いにかかる部分が存在している気がする。もしかしたら、明日になって待ち合わせ場所に行っても双葉さんが来ないかも知れない。はたまた、双葉さんという存在が自分の作り出した幻想なのかも知れない……。そんな可能性をネガティブ思考な自分が耳元で囁いてくる。
堪らなくなって枕元に置いてあったスマホを手に取ると、メッセージアプリを立ち上げた。そこにはしっかりと双葉さんの名前と、彼女から最後に送られてきたメッセージが表示されている。大きく息を吐くと、スマホの画面が一瞬だけ曇った。
『当日、会えるのを楽しみにしてます!』
双葉さんがにっこりと笑顔を浮かべている様子が想像できるようなメッセージ。それが自分自身の妄想だったら……なんて思わなくもないが、双葉さんに限ってはそんなこと無いだろうと言い切れる自信もある。
この先、自分が双葉さんとお付き合いをする日がやってくるのだろうか?
スマホを伏せて、ふとそんなことを考える。もちろんこのまま行けばそうなる日がやってくるかもしれない。そうなったら当然、小説やドラマやゲームなんかでたくさん見てきたような恋人らしいことをすることになるんだろうな。
例えば、このベッドで自分が寝ているすぐ隣に双葉さんがいて、朝起きたら真っ先に彼女の寝顔を見ることになるのだろう。ほかには、テレビの前にふたりで並んで映画やドラマを見たりなんかするんだろうな。あとは、ふたりでいるときにいい雰囲気になって、その勢いでキスをしてみたり、それから、まだ自分が経験してない大人なことだって……。そうなったら双葉さんのあんな顔やこんな姿を……、って何考えてるんだ!
枕に顔を埋めるというベタなことをして、いかがわしい妄想が消えるのを待つ。捕らぬ狸の皮算用ではないけれど、本当にお付き合いできるかわからないのにそんなことを考えてしまうなんて馬鹿みたいだ。
……ダメだ。余計なことを考え出しそうになる。せっかく一歩踏み出してみようと決めたのに、心の奥底にずっとへばりついているヘドロから悪臭を放つ何かが湧き上がってきそうだ。
もう無理矢理にでも眠ってしまおう。実月は壁の方に向き直るとぎゅっと瞼を閉じた。もう『意識してる』なんてことも気にしない。眠りの淵へ堕ちなくても、頭の中を無にしたまま朝を迎えられたらそれでいいと思うことにした。
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