グルメデート!②

「それで、相談したいことって言うのは?」


 お昼休み、会社近くのパスタのお店で沖田さんと阪根さんと向き合ってボロネーゼを待っていると、沖田さんからそう促してきた。ちなみに、白川くんは試聴会の代休で今日は居ない。


「まあ、どうせ双葉ちゃんのことなんだろうけどな」


 何を訊きたいのかを既に察している様子の沖田さん。すると、その横から阪根さんが首を突っ込んでくる。


「もしかして、デートのことについてですか?」

「阪根ちゃん、何か知ってるの?」

「はい。この前メールでデートに誘ってる所に居合わせましたから」


 居合わせたんじゃなくて、阪根さんによって誘うよう半ば強制されたといった方が正しいと思う。試聴会が終わって職場で製品の後片付けをした後、オフィスの隅の談話スペースを使ってメールの添削指導が始まってしまったのだ。阪根さんはなぜかやる気満々で、実月が終電を理由に切り上げなかったら会社で寝泊まりする羽目になっていただろう。それに無理矢理付き合わされた白川くんが不憫でならない。


「てか、双葉ちゃんをデートに誘ったんだ。やるじゃん」


 違います、阪根さんに強制されたんです。そう喉から出かけたけれど、いちいち訂正するのも面倒なので飲み込むことにした。


「ええ、そうなんですけど、今日はそのことについて沖田さんの意見をいろいろ聞けたらいいなと思ったので……」


 そう言いながらポケットからごそごそとスマホを取り出そうとしたタイミングで、三人分のパスタが一斉に届いた。ちなみに、沖田さんは青じそと明太子で彩り豊かな和風パスタ、阪根さんはチーズがたっぷりかかったカルボナーラだ。


「ええっと、まず当日の服装なんですけど」


 実月は画像フォルダーから一枚の写真を呼び出すと、沖田さんと阪根さんにそれを突き出すように見せた。


「こんな感じで行こうと思っているんですけど、どうですか?」


 実月が見せたのは、デート当日に着ようと思っている服を撮影したものだ。カジュアルな白のワイシャツにタイト目な黒のジーンズを床に広げた画像に、沖田さんと阪根さんは揃って首を傾げた。


「地味すぎじゃね?」

「さすがに守りに入りすぎですよ」

「そ、そうですか……?」


 今の自分の家にある服の中からデートに着ても良さそうな組み合わせを選んでみたのだが、テーブルの上に乗り出さんばかりの勢いで阪根さんは画像に指を差しながらあれこれ指摘を始めた。


「まずかっちりし過ぎです。双葉ちゃんは可愛い系なので、そんな服装だとアンバランスだと思います。だからボトムはもっとリラックスした感じがいいですよ。それとトップを白にするならワイシャツにする必要は無いですね」


 隣にいる沖田さんは目を点にしているが、そんな目線なんてお構いなしに坂根さんの指摘は続いていく。


「それと色を増やした方がいいです。シャツの上に白と黒以外のアウターを選んで着ればだいぶ印象が変わってくると思いますよ。でも、白と黒以外ならなんでもいいわけじゃないですからね。濃い目グリーンや紺みたいな落ち着いた色を取り入れたらいいんじゃないですか?」

「……だってさ」


 完全に口を挟むタイミングを失った沖田さんは苦笑するしかないようだった。嵐が過ぎ去ったような沈黙の中で実月はスマホを引っ込めながら、


「さ、参考になります」


 ここまでボロクソに言われるとは思わなかったが、実際にタンスをひっくり返してみて、デートに着ても恥ずかしくないと思える服が無いなあと感じていたのも事実だ。双葉さんと会うまでに新しい服を買いに行かないといけないな。


「ところで、デートはどこに行くつもりなんだ?」

「映画ですか? それとも遊園地ですか?」

「え、えっとですね……」


 次の質問に答えるべく、実月はもう一度スマホを操作する。この前検索して出てきたページを呼び出し、その画面をふたりへ見せつけた。


「今度、日比谷公園で『フィッシャーマンズサミット』ってグルメフェスがあるんで、ここに行こうかなって思ってます」

「お前、ホント食うの好きだよな」


 何度も見てきた呆れ顔で呟く沖田さん。


「べ、別にいいじゃないですか。映画だとまだ双葉さんがどんなのが好みなのかわからないですし。それよりも、もうひとつ訊きたいことがありまして」


 スマホを引っ込め、両手を膝の上に置き、背筋をピンと伸ばす。別にそこまで緊張することではないっていうのはわかっているが、つい心して聞かなきゃと畏まってしまう。


「その、どうやって双葉さんを、エ、エスコートしたらいいですか?」


 一応『エスコート』と言ってみたけれど、意を決して口にしてみても違和感がつきまとう。沖田さんの表情もぽかんとしたものだったのでその感覚が増強されてしまう。

 しかし、阪根さんはワンテンポ置いてから豊満な胸の前で腕組みをした。


「そうですね、まずは食べることに夢中になり過ぎないことです。こういうイベント会場は人がたくさん集まってきますから、食べ物に釣られて先に先にって動き回っちゃダメですよ」


 真剣な顔でチクリと釘を刺してくる。考えてみればそりゃそうだと思うのだが、いかんせん自分のことだから本当にそれをやってしまいそうだ。気をつけないと。


「そうだよね。それで、具体的に何をすれば?」

「例えば、何を食べたいかをあらかじめ決めておくとかですかね。それだけでスムーズに行動しやすくなると思いますよ」

「え、どこ行くか伝えちゃっていいの?」

「むしろ伝えなきゃダメです。双葉ちゃんにも準備がありますからね」


 なるほど。ついいろんな創作物のイメージで事前にどこへ行くか伝えない方がいいのではと思い込んでいただけに、まさに目から鱗だった。


「あと、人混みの中を歩くときははぐれないように手を繋いだ方がいいですね」

「えっ……」


 思わず変な声を上げて固まってしまった。いや、はぐれないようにそうするのは理解できるけど……。


「いちいちそんな分かりやすい反応しないでくださいよ」

「さ、さすがにそれは……」

「でも、人混みの中じゃそんなこと言ってられないですよ。それに付き合うことになったら、早かれ遅かれ手を繋ぐ以上のことだってしちゃうんですから」

「だからっ、それは付き合ってからの話でしょ!」

「とりあえず一旦落ち着け」


 声を荒げそうになった所を沖田さんにパシッとメニューブックを頭に乗せられ、はっと周囲を見回す。幸い奇異の視線を向けられるなんてことは無かったが、頬が燃えるように熱くなっていた。


「す、すみません」

「まあ、野中にとって初めてのデートな訳だし、わからないことだらけで不安って気持ちはわかるよ。でも、デートだからってそんなにガッチガチに気張る必要なんて無いからな」

「で、でも俺の方が年上ですし、俺がちゃんとしなきゃいけないですから……」

「でも、それでお前が楽しめなければ意味ないだろ」


 沖田さんの一言にはっとした。お友達から始めて互いのことを知っていこうと提案した手前、双葉さんの前ではいい格好を見せたい。年上としての「余裕」を示したい。そんな気持ちが常に頭の中を巡っていた。


「一個訊くけど、このグルメフェスで野中が食べてみたいものって何だ?」

「えっと……」


 思い返してみたら、双葉さんとデートすると決めたときからどんな服を着ていこう、どうやってエスコートしたらいいんだろうといったことばかり考えていた。でも自分としては珍しいことに、何を食べたいかなんて一度も考えてなかった。

 ふと目線を落とすと、その先のテーブル上には自分が注文したボロネーゼが綺麗なまま置いてあった。運ばれてきた時よりも湯気がだいぶ大人しくなってしまっている。


「合コンの時、野中に言ったか覚えてないけど、俺は合コンでもデートでもちゃんと楽しむことを心がけてる。女の子のエスコートも大切だけど、変に自分を犠牲にしてエスコートされるよりも楽しんでる様子を見せた方が女の子の満足度だって高いはずだぞ」

「満足度、ですか」


 デートとは正反対のビジネスライクな言葉だけど、不思議なことにストンと腑に落ちる感覚はあった。自分がやってるイヤホンのレビューでも、自分が気に入ったものの紹介をすると自然と熱が入ってしまうのだけど、それに対するお客様の食いつきがいいことが多い。きっとそれと同じ感覚なのかも知れない。


「そ。女の子は自分を丁寧に扱ってくれることも嬉しいだろうけど、私と一緒に居て楽しいんだって思ってもらえる方が何倍も嬉しいはずだ。阪根ちゃんもそうだよね?」

「さすがです。やっぱ百戦錬磨の男は違いますね」

「……ちょっと、阪根ちゃんも俺のこと馬鹿にしてる?」

「違いますよ。以前一緒にランチを食べた先輩から教えてもらいましたよ。沖田さんはちょっと前までプレイボーイだったって」


 それは誰から聞いたと焦り気味な沖田さんと、秘密ですと追求をあしらう阪根さん。自業自得でしょと内心で呟きながら、ふたりのやりとりに自然な笑いがこみ上げてくる。今まで凝り固まっていた自分の肩がほぐれ、ようやく持てたフォークでボロネーゼを巻いて口に運ぶ。

 おいしいな。挽肉と赤ワインをじっくり煮込んだと書かれていたソースの味わいとコクも深さに、思わず口元も綻んだ。

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