グルメデート!①

「沖田さん、ちょっといいですか?」


 そう声をかけると、難しい顔でパソコンとにらめっこしていた沖田さんはパッとこっちを振り向いた。


「有給届けを書いてきたので申請をお願いします」

「オッケー」


 沖田さんがそれを受け取って目を通し始めると、不備が無かったか思い返してついつい身構えてしまう。


「……旅行行くの?」

「いえ、地元の幼なじみが結婚式挙げるので……」

「まあなんでもいいけど、お前は全然休んでないんだからガンガン使ってくれていいんだぞ」


 沖田さんの言うとおり、今年の有給の申請はこれが初めてだ。それは単純に使う程の用事が無いためなんだが、そのせいで頼むからどこかで使ってくれと年度末に詰められるのが恒例行事となりつつある。すると、沖田さんがニヤッと目を細め、


「それこそ、双葉ちゃんとのデートに使ってもいいんだぞ」

「ま、まあ、それは必要になったら使いますので」


 こんな場面でも双葉さんのことでいじられることになるとは思っていなかったので、思わず目を逸らしてしまう。


「とりあえず、これは通しておくよ。十一月だからまだ先だけど、ゆっくり休んで来たらいいさ」

「お願いします。あ、それともうひとついいですか?」

「ん、どうした?」


 もう一度実月へと向き直ってくれる沖田さん。その途端に有給届けを手渡した時には感じなかった緊張が喉元へとこみ上げてくる。


「その、沖田さんに折り入って相談したいことがありまして……」

「ああ、なら今から場所を変えて話すか?」

「い、いえ。そういうのでは全然無くて」


 立ち上がろうとしていた沖田さんが首を傾げる。変に緊張した声色だったのがよくなかったのだろうか?


「その、ランチの時にでも聞いてくれたらそれでいいので……」

「まあ、野中がそれでいいなら……」

「はい。いろいろと経験豊富な沖田さんだからこそ訊きたいことがありまして」

「……お前、ちょっと馬鹿にしてないか?」

「そ、そんなことは無いですっ」


 目を細める沖田さんに対して、両の手のひらを見せながら否定する。馬鹿にする意図は全く無かったが、言い方は少し悪かったかもしれない。しかし、すぐに冗談だよと苦笑したあたり、どんなことを訊きたいのか何となくは伝わったようだ。


「じゃあ、後でランチ一緒に行くか」

「それ、私もご一緒していいですか?」


 いきなり後ろから掛かった声に驚いて振り返ると、さっきまで背後で注文情報の整理をさせていた阪根さんが上目でこちらを見ていた。


「あ、私が食べた分はしっかり支払いますので」

「いや、阪根ちゃんの分は俺と野中で割り勘にするよ。いいよな?」

「奢る分には全然構いませんけど……」


 そう答えてから、ふと自分の前後を交互に見比べてみる。前方では沖田さんが可笑しそうにニヤニヤとこちらを見つめていて、後方の阪根さんは分かりやすく目をキラキラと輝かせている。

 自分で言い出しておいてアレだけど、これは全く休まらないランチタイムになりそうだ。

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