古典的ラブコメの始まり、みたいな朝②
目を覚ますと、薄いカーテンの向こうは眩い光に満ちあふれていた。それは二日酔いの頭には強烈で、途端に目の奥がじんじんと痛み出す。瞼を閉じてもそれは変わらず、思わず自分の腕で目を覆い隠した。
「ーーっ」
やっぱり少し眠ったくらいでは二日酔いは解消しない。汗で身体がベトベトしているのでシャワーを浴びたいところだけど、それでこの気分の悪さが解消できるとは思えない。ここは痛むのをこらえてコンビニへ行ってくるべきか……。
「あっ、実月さん、お加減はどうですか?」
ガバッと腕をどかすと、こちらの顔を覗き込む女の子が中腰で立っていた。双葉さんだ。まだここに居てくれていた事に思わず目を見開いてしまった。
「……どうかしましたか?」
双葉さんが首を傾げる。
「あ、いや、なんでもないよ。お加減は……まだ気持ち悪いかも」
なんとなく目線を下ろすと、双葉さんは下着姿ではなく、合コン時に身につけていた白いブラウスとスカート姿になっていた。
「あの、さっきコンビニで二日酔いに効きそうなものを買ってきたんですけど、飲みますか?」
「えっ、わざわざ買ってきてくれたの?」
「はい」
テーブルの上には、何やらペットボトル入りの水や菓子パンの袋が置いてあるように見える。恐らく自分用の朝ご飯を買うついでだったのだろうけど、実月にとってはありがたい限りだ。
「じゃあ、もらってもいいかな?」
「はいっ」
双葉さんは元気よく返事をすると、パタパタとキッチンへと向かっていった。その間にベッドから抜け出してみるが、やはり頭の痛みがより激しくなった。とはいえ、ずっと横になっていても辛いことに変わりがないのがすごく悩ましい。
「お待たせしました」
キッチンから戻ってきた双葉さんは、手に持っていた茶色い小瓶を実月に差し出した。彼女が持ってきたのは、二日酔いによく効くと聞いたことがある肝臓ドリンクだった。
「ありがとう」
彼女から肝臓ドリンクを受け取ると、実月はそれを一気に口へ流し込んだ。レバーっぽさに甘みと清涼感を加えたような風味は独特で、身体に良さそうなものだとなんとなく感じさせてくれる。
「実月さん、まだ頭は痛みますか?」
「あ、うん。結構辛いかも」
「でしたら、これを飲んでください。少しは楽になると思いますよ」
双葉さんが差し出したのは、飲酒後でも飲める頭痛薬だった。コンビニだけでなく、わざわざ薬局までも行ってきたのか。
「……なんか、何から何まで悪いね」
「いえ、私が好きでやってることですので。お水はこれをどうぞ」
頭痛薬の錠剤を口に含み、差し出されたペットボトルの水で流し込む。すぐに効果は出ないはずだけど、なんとなく痛みが軽くなったような気がした。
「……ん?」
さっき双葉さんが言ったことが頭の中で繰り返された。好きでやっていることだから。それってつまり……。そこから、そんなことあり得ないと思えるような空想が、次々に頭へ浮かび上がるようになってしまった。
「あの、どうかしました?」
はっと気がつくと、隣でちょこんと正座している双葉さんが首を傾げてこちらを見つめていた。
「い、いやなんでもないよ」
咄嗟に何事もなかったように取り繕う。そんなわけ無い、と頭に浮かび上がったことは即刻否定。きっと彼女は人に尽くしちゃうタイプの人間なのだろう。そうじゃないと、こんな初対面の男を部屋まで送り届けて介抱なんてするわけがない。
だけど、一度それを考えてしまったせいで、顔がみるみる熱くなっていくのを感じた。
「お腹は空いてませんか? コンビニにお粥が置いてあったので買ってありますけど、どうします?」
こちらを見つめる双葉さんの姿に、なぜかぐっときている自分がいる。てか、心なしか双葉さんとの距離が拳一個分くらいしか開いていないような……。
「あ、後で食べることにするね。そうだ、お金!」
二日酔いで気持ち悪いとか頭痛いとか、そんなことがどうでもよくなるくらい心臓がパンクしてしまいそうだったので、逃げるようにベッドサイドに投げ出されていた鞄に手をかける。
「そんな、お金なんていいですよ」
「いやいや、そんなわけにはいかないでしょ! わざわざうちまで来てもらって、こんなによくしてもらったんだから」
実月は財布の中から一万円札を引っ張り出して差し出す。しかし、双葉さんはそれを両手で制した。
「そ、そんなに受け取れません! 気持ちだけで十分ですから」
「そんなこと言わないで。わざわざ俺みたいなのに付き合わせちゃった訳だし、いろいろよくしてもらったしここまでの交通費もあるわけだからさ」
「気にしないでくださいっ。交通費なんて全然かかってませんし」
「でも……」
すごくいい思いをしたような気がするので、その対価としての一万円は正当なはずだ。しかし、双葉さんは頑として受け取ってくれず、一万円札はしばらく二人の間を数往復。このままじゃ埒があかない……。
「それじゃ、今度ご飯を奢るっていうのはどう?」
「えっ?」
「やっぱり、ここまでしてもらったらお礼しない訳にいかないからさ、それで手を打つっていうのはどう?」
あのまま一万円札の往復を続けるよりはいいと思ったのだが、双葉さんはきょとんとしている。
「も、もちろんちゃんとおいしいお店を選んでくるし、俺が奢るから好きなだけ食べても全然構わないし……」
思わず口早になっていた。いきなりご飯に誘ったりするのはさすがにキモかっただろうか? でも、お金以外のお礼の方法でこれ以外に思い浮かばないし訳だし……。
「それって……」
双葉さんがぼそりと口を開いた。
「また、私と会ってくれるって事ですか?」
「えっ?」
こちらを見つめる双葉さんは、そんなこと思ってもみなかったと言いたげな表情をしている。心なしか彼女の頬はうっすら赤くなっていて、一瞬言葉に詰まってしまった。
「ま、まあ、そういうことになる……かな?」
いやいやそういうことですけど、と頭の中でセルフツッコミ。別に下心があるわけではないのだが、そのことはしっかりアピールしておくべきかもしれない。
「あの、もちろん嫌だったら嫌ってはっきり言って構わないし……」
「そんなことは無いですっ。むしろ、誘っていただけて嬉しいです」
双葉さんの表情はまるで、今まで自分には一切向けられることがなかったようなものだった。これは世に言う『フラグが立った』というものだろうか? いやいやそんなわけ……。
「実月さんとのご飯、楽しみにしてますね」
そしてにっこりと笑顔で答える双葉さん。とりあえずお礼の件は落ち着いたと言えるだろう。
ただそれと同時に「もしかして……」と「そんなわけ……」の応酬にも決着が付いてしまったようだ。それでも、「そんなわけ無いでしょ」と否定したい気持ちがくすぶり続けている。
なぜそんなに否定したいのか、それは理由が無いからであって……。
「あ、あの、俺もうちょっと寝てるから。多分しばらくすれば具合もよくなるだろうし、双葉さんもいいところで帰っても大丈夫だからね」
そのまま逃げるようにベッドへと潜り込んだ。後にも先にも、二日酔いでよかったと思えるのはこれっきりかもしれない。
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