Episode 凍曇

 アタシは!アタシは悪く無い!


 星は堕ちて千の礫に変り、絶対零度の欠片が四隅八方へ散り咲く。


 青白い遊色の残滓を残し突き刺さる星屑が、逃げ惑うソレから真珠色の神性を少しずつ剥ぎ取ってゆく。


 イタイ!イタイ!ヤメて!


 白磁の肌は鉛色に。アメジストの如く紫色に輝く大きな瞳は濁った鳩羽色に。春の晴天を写し取った勿忘草色の髪は黄みを帯び濁り錆納戸へ。

 

 鮮やかな色彩で彩られた躰は滅色となった。


 ア゛のコが!シアワせダッテ、言イイ゛ったノ。


 神殿に向かう階段の途中。

 欄干に施された、数ある浮き彫りレリーフであったワタシに話し掛けて来たあの娘。


 ダカラ、探シて、捜しテ。


『あら。貴女私に似てるわ!』


 神に捧げられた春を鬻ぐ巫女は、毎日の様にワタシに話し掛ける。

 春の黎明、夏の夕映え、秋の晴夜、冬の雪空。

 焼き小麦の蜂蜜菓子の甘さ、果実水の爽快、ワインを含んだ高揚感。

 小さな蕾のような淡い赤い恋心。


『愛って素敵なのよ』


 夏の陽射しの光の粒を取り込んで輝く青空を透かした様なキラキラした蒼い髪をなびかせて。


『神様から受けた愛を、私達のカラダを通して伝えるの』


 大理石に薔薇の花で色付けた血管を通した様な柔らかな頬に菫色の斑紋アザを咲かせて。


『幸せに成るのよ』


 巫女達にように。肌に塗り込められた香油と、濃く焚きしめられた燻香の、甘く苦い神経毒が緩慢にさせた意識の中でさえ澄んだ、紫水晶の瞳が揺れる。

 

『ほら、見て!』


 朱い輪郭を雲に映した日没を背にして、細い太腿に紅い蔦を這わせた彼女が手を差し伸べる。


 ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!


 金色の黄昏に、山が、街が、ヒトが、神殿が。


 燃える。燃エる。燃エル。


『もっと、沢山のヒトを、幸せにしたかった、の』


 ワタシの青銅のカラダを焦がす程の熱風の中、彼女が燃える。逆巻く絹糸の様な髪が、端から蒼く炎に変わる。


 美しいオレンジ色の水のように重い重い空気が、生き物の肺を焼く。

 はくはくと動く溶けた唇の奥、白く薄い2枚の翅は、もう言葉を奏でない。


 あのムスメのネガいヲ叶えテ。


 捜しテ捜しテさがしテ


 ヤット見付けタ、同じタマシイの形ヲしていた『クオン』は、ナイテバカリで笑わナイ。


 草原ノ王子モ、森ノ魔王モ、篇帙へんちつノ賢者モ山嶽ノ鬼神モ環海ノ女神ミネルヴァモミンナミンナミンナ


 しアわセにしタ


 胸からキラキラと光る欠片を抉り出す度に、薄紙を重ねたようにカオが強張っテ。

 夜光貝の腹ノヨウニ虹色に輝くソレを纏って、ワタシのチカラは高まっていッタ。


 ドウシテドウシテドウシテ?


 『愛』ヺ成就サセタノ。アなタのオカゲデミンナシアワセ。


 ティィン


 剥げた虹色の鍍金メッキの下、空洞の青銅の断末魔が美しい音色を立てる。


 ディン


 くすんだ赤銅ブロンズの身体がベコリと歪む。


 総てを融かしてしまいそうな蒼く光る紺碧の空に建つ、雲より白い白亜の宮殿。

 神の住まうその場所へ続く、長い長い階段の途中、ワタシの影に隠れて。


『幸せになりたい』


 アのコは泣いてイタの。

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亜の日と同じ空を視ている 嗤猫 @hahaneko

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