Episode 驟雨

 白い部屋からコンニチハ。クオンです。只今、クレーマーの対応に追われています。


 女神が先程からぐちぐちぐちぐちぐちぐち煩いんです。どんどんヒートアップしています。

 私の適当な相槌も悪いのでしょう。


 要約すると、幾つか前の仔狐さんに私を喰わせたせいで、想定外のパワーバランスになってしまった為、調整が大変だった。でしょうか。

 おかしいな。

 あの時点で鬼神さんは運命の人と巡り会い、あの世界は安定した筈です。

 だらだら命を繋ぐよりサッサと次の役割に行けるよう最善を尽した結果は褒めて頂いても宜しいのでは?自分の瑕疵が一切見付かりません。

 あぁ、あの仔狐ちゃん達に会いたいですね。


 物思いに耽っていたら、髪を掴まれて顔を上げられました。間近に瞳孔の開いた女神の顔が合って、少々驚きました。


 そのまま放り込まれた門は、有名な地獄の門の様な不穏極まりない装飾だった事を記憶しています。


◆◆◆


 湿度の高い空気に阿片の煙が混じり、ねとりと粘度を持って、汗で額に貼り付いた髪や首筋にまとわり付き。

 路地に出れば此処に、生きながら腐って居るイキモノの糞尿と血の臭いが鼻を突いて来るから、この部屋は上等に清潔と言える方。


「今更アンタに護衛なんて必要ないと思うケド?」

「正確に言えば囮ですかねぇ。いゃあ、ワタクシ恨まれ過ぎてまして、手持ちのコマが居なくなりまして」


 わざとらしい胡散臭い話し方で相手方の出方を見るのは癖。今回は、この気難しい方がお相手。

 紺色のアシンメトリーに切り揃えられ、サラサラと肩口で揺れている髪。この暑さの中、艶を放つ薄い生地で仕立られた、首の詰まった異国風の衣装をキッチリ着込んで、一欠片の汗もかかないこの方は、この街に煙と共に混沌と希望を運んで来ました。

 スラムに転がるガラクタを集めて、形のある組織を創ると、あっという間に周辺の街そととの交易路を確立させてしまった。しかも、領主や国には賄賂と税と煙を使って、公司とかいう新しい仕組みを認めさせるという荒業までこなした天才。


「クオン」


 思考を廻していると、翠緑の瞳が揺らぎ、重く甘い白檀の薫りの様な絡みつく殺気をジワリと滲ませ。私は、軽く手を振って視線を切り、この酷く傲慢で繊細な友人と会話する事にしました。


「交渉は先に動揺した方が負けって教えてくれたのはヴァンク、アンタだよ?」

 

 薄笑いで返すと、眉をほんの少し下げ、細めた目には安心と理性が戻って居ます。こうやって、冗談と軽薄とちょっとの信頼の間で揺蕩う間柄が丁度良い。

 大事なモノを作ったら足元を掬われてしまうから。こちらから深く踏み込む事はお断りです。


◆◆◆


 今回、友愛路線で行こうと思っていますよ。あの女神の制約は結構ガバガバで、愛と付くものなら何でも良いらしい。

 長い事携わって参りましたが、細いところはさっぱりわからないのです。

 あ、因みに会話からお分かりでしょうが今回の私は男です。


 ヴァンクの進む道に吹く風はとても冷たくて、体温を欲して。熱帯夜、花の中の花イランイラン竜涎香アンバーの香り。熱に浮かされた様な慰め。


 私は、ヴァンク彼女に、ドレスを着せたかった。この国の制度にも性別にも立ち向かわなければならなかった人。


 その役目は海の向こうからやって来た新しい国の青二才でしたけれど。


 スコール驟雨は、身体の中を通って脳の奥まで達すると、僅かに心の温度を下げる。

 朱くヌル付く路を拓いて、振り向いた先には、誰も居らず。差出した手の掌握運動を2、3度繰り返して、ゆっくりと降ろして。

 激しい雨が止む頃には、何もかも洗い流して、記憶さえも無かった事に。

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