Episode 暮色蒼然
茜の空に向かって、淡墨を流したような雲が伸びています。雲の縁、空との境界側はオレンジ色の輪郭にピカピカと光り、背側に配された夜を寄せ付けぬ様は。
「き、れぃ、ダ、なぁ」
使える全ての気力を喉に集めて、この世界で最初に発したのは、空を愛でるコトバ。
女神様のお遣いの最後には、大抵上を向く羽目になりますので、あの有名な唄の様に空を見るんですよ。
え?知らない?私もリアタイでは知りませんが、ずっと歌い継がれていた、しみじみとした良い曲ですよ。
「神子、喋った」
「喋った」
近くでびっくりしているのは白いさんと黒いさんです。この仔狐二匹も、いつの間にか気配が消せるようになってたのかぁ。
倒けつ転びつ草原で飛廻る姿が本当に可愛かったんですよ。
「ヤコウ、呼ぶ?」
「呼ぶ?」
優しい申し出でに、申し訳無さで一杯になって、眉根がギュッと寄りました。もう、あの方が迎えに来る事は無いので、大丈夫。
ありがとうの意味も込めて緩く頭を振りました。
◆◆◆
口が効けぬ私が運び込まれたのは、大層立派なお社でした。日本家屋に近い縁側のあるその建物は、入り口に鳥居でもあれば、此処が極東の島国であると、疑う余地も無かったかも知れません。
何時ぶりか分かりませんが、久し振りの故郷にある風景を懐かしんでいると、奥からその主がやって来たようです。
思わず、ほう。とため息が出るようなその方は、長い白髪を後ろに流し、恐ろしく整った鼻梁、切れ長の目に金青の深い蒼い瞳が静かに宿った、とても美しい鬼でした。
魅入られる様にジッと目を合わせていると、驚いた様に目を逸らされてしまいました。後に知った事ですが、怖がらないイケニエは初めてだったそうです。
余りに美しいと、却って恐怖する者がいるのも分かります。ですが、この方の周りにはいつも2匹の仔狐が侍り、時折、肩には鳥が留まる様な雰囲気を持つ者にそんな感情を持つ訳も無く。
この場所?を保持する為のチカラが足り無いらしく、月に一箇所、人を喰う必要があるのだと。辛そうに。
痛みを感じぬ様に、
これは、駄目ですよ。惹かれてしまうでは無いですか。慣れて居ませんので。
左の腕全部と、対となる臓腑の片方を供し終えた時、逃げるか残るかと言う質問を受けました。此れから先は如何に眷属と言えども命を失うと。その為の足を残して居るのだと。
私は否と応え。臓腑を供し始めてから気が付きましたが、象牙の様な額の角が、最近青みを帯びて来た様に見えるので。最後まで美味しく食べて貰いたいと思ったものです。
―――それが今回の役目の様でしたので。
ある日、午後の日差しを受けて微睡んでいると、庭の方が騒がしく成りました。
善い事でも悪い事でも、今の私では足手まといでしょう。
仔狐達にお願いして、奥の祠に運んで貰いました。彼等は私が散歩に出られる様、あの方が付けてくれた素敵な友達です。
丁度この日は、供物の儀でしたが、あの方がこの祠に渡る事はありませんでした。まだ、生残っているのに、と想うのは強欲でしょうか。痛みを感じる筈の無い胸が、ジクジクと痛みました。
◆◆◆
一月が過ぎるのも早いもので、その間に色々調べた結果、今回も無事お役御免になったらしい事がわかりました。片目で見る運命の糸はとても見え難く、ちょっと時間がかかりましたが、気持ちの整理も粗方付いたので良しとしましょう。
「モし、よかった、ラ」
心配する仔狐にお願いしました。好奇心でコッソリ、あの方が供した際のお溢れに手を出していたのは知ってるんですよ。自死出来ないこの状態での、最期の賭けでした。
◆◆◆
鬼人から鬼神に成った美しいその人の横には、同じく白い髪に蒼い瞳の美しい娘と、漆黒と白銀、正対象の色相を持つ、2人の化生が居るのだと、人の口々に伝わり始めたのは、その後幾ばくも無く。
―――眷属化が切れるまで、ずっと生きて居る。其れは何れ程の絶望か。お暇出来て良かった。
白いさんと黒いさん、神化したんですかね?おめでとうございます。
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