第20話振り出しの話
詩穂は外で待ってくれてるみたいだ
中に入ると
麻生先生が早速怖い顔をしていた
涙目の来那は椅子に座る
「来那ちゃん、僕のこと覚えてる?」
麻生先生が聞くと
「………」
来那は2回首を縦に振った
先生は覚えてるのか
「人の顔と名前は覚えてる?」
「………多分」
「じゃあ最近行った場所とかは?」
「…………覚えてない」
覚えてない…
「来那?都内に行って海に行ったことは?
ついこの間の話だぞ?」
俺はがっつくように来那に聞く
覚えてないなんて
そんなの……
「もう何も覚えてないよ!」
来那は俺の顔を見ずに叫んだ
何も言い返せない
こうなってしまったのは誰のせいでもないからだ
全てが絶望状態
来那は思い切り深呼吸をして
「私の記憶はどうなっちゃうの?」
聞きたくない話だった
けどそれを聞かない限りは何もわからない
麻生先生は首を横に振りこう言う
「病名がわからない限りはどう進行していくかわからないけど
でも悪化の進行速度から考えると…」
麻生先生は言うのを躊躇う
その間が怖い、何も聞きたくない
麻生先生はこう言った
「恐らく、3日で記憶は無くなるでしょう」
3日……?
「りつのことも忘れちゃうの?」
泣きっ面で声を震わせながら来那は言う
「忘れると思う」
胸の奥をえぐり取られてるように痛い
来那が俺を忘れるなんて想像がつかない
毎日ラインがきてバイトで会って
帰りにコンビニ寄っておにぎり食べて
“また明日”と手を振って別れて
またラインがきて
そんな毎日が繰り返されていた
でもそんな日々ももう来那の記憶と共に無くなってしまう
「そんなの嫌だ!!」
来那はまた叫んで地面にボロボロ涙落とす
「でもね、来那ちゃん」
麻生先生が真剣な眼差しで来那を呼ぶ
来那は顔を手で押えて耳だけ傾けた
「治る可能性はあるよ」
「治る可能性……?」
「本当にわずかだけど……」
「わずかじゃだめだよ
もう……私の幸せは戻ってこないの……?」
麻生先生は黙ってしまう
「ねえ!答えてよ!」
「来那!」
興奮気味の来那を抑えるように俺は来那を呼び止める
俺は呼び止めたもののどうしたらいいかわからない
自分の鼓動だけがトントンと響いてる
でも俺は思い出した来那との約束を
「……ごめん、話がある」
「え、ちょっ!」
俺は自分勝手に来那の腕を引っ張り診察室を出た
診察室の外で待ってたはずの詩穂はどこかへ行っているのか見当たらない
そんなことは気にせず俺と来那は外に出る
病院の外に出ると
「離して!」
来那が俺の腕を振り払う
「来那、俺の話聞いてくれ」
「………」
来那はまだ目に涙が溜まる
そんな弱そうな来那を助けるのが俺で居たい
「来那と約束したの覚えてる?」
「………約束?」
やはり来那は忘れていた
でもいいんだ忘れたとしても
来那との思い出は俺がいくらでも話してあげられるから
「来那が言ったんだよ」
“りつがいてくれれば幸せだよ
もしそうなってもずっと一緒に居てくれればいいよ
理由とか、言葉はいらない
ただ一緒に居てくれるだけでいいの”
付き合って半年の頃に来那に言われた言葉だった
来那にその事を話すと
「………私そんな事言ったんだ」
来那は俯きながら言う
「でも、実際そうなったらほんとに悲しい
りつのこと忘れたくないよ」
来那は泣きながら俺に抱きつき言う
それでも俺は来那じゃないとダメだった
「俺がずっと一緒にいるよ」
来那を強く抱きしめて言う
「………りつ」
「俺が来那のそばにいる
だから今からでもいい
また俺と来那で、思い出を作り直そう?
俺の顔を忘れても、またいっぱい写真撮ってこいつが律なんだなって思い返してよ」
俺の思いを来那にぶつける
すると来那は
「………うん…
りつが居てくれてよかった」
と泣きながらまた俺を強く抱きしめた
これでいいんだ
来那の記憶が無くなっても
俺は来那を大切にするんだ
俺と来那はしばらく抱き合う
そして体を離し
「とりあえず戻ろうか」
「うん」
俺と来那は病院に戻る
その途中のこと
「律」
後ろの方から声が聞こえる
「ん?」
振り向くと
「あたし、邪魔みたいだから帰るね!」
詩穂がいた
「詩穂??どこに居たの?」
「喫煙所だよ、外にあるからずっとそこに居たんだけどたまたまカップルが抱き合ってるとこ見ちゃったから通りづらかった」
し、詩穂に見られてたのか…
なんだか恥ずかしいな
まあいいか
「電車で帰れるよね?」
「帰れるっちゃ帰れる」
「うん、じゃあね!」
詩穂は足早に帰っていった
「詩穂!ありがとな!!」
俺は詩穂に大きな声で呼び掛けた
「困った時はお互い様だよ!
じゃあお邪魔しましたー」
詩穂と別れる
居酒屋の帰りに詩穂を介護してる途中に来那と会った時はどうなるかと思ったけど
詩穂がいてくれてよかったな
今日も来那を見かけて俺への電話も出てくれて助かった
ありがとう、詩穂
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