第18話見えない話



あれから3日後の話

俺と来那は土曜日でバイトが昼からだった

バイトに向かう前のこと俺は来那の家まで向かう

いつもと変わらない日だった

来那の家に着きインターホンを押す

ガチャっとドアが開くと支度が出来た来那の姿があった


「よう!」


「よっ!」


俺が手を上げて挨拶すると来那も同じことをしてきた

靴を履いて外に出る来那


「うわー寒い」


相変わらず寒がりな来那


「俺の手袋貸してやろうか?」


「いいのー?ありがとー」


俺の手袋はスマホにも反応する手袋なんだぜ

素敵だろ?

そんなことはさておきバイトに向かう


来那は自転車を押して俺の歩くペースに合わせてくれる


「昨日さ、お兄ちゃんが作ったスパゲティ食べたのね

そしたらそれがめっちゃ美味しくてね

たらこパスタってファミレスだけでしか食べれないと思ったのにすごいよね」


「いいよなー料理作れる男の人って

海さんモテるでしょ?」


「わかんないけど彼女はいないと思うよ?」


料理出来る男はモテる説

俺はモテたいわけじゃないけど素直にかっこいいと思う


「りっちゃん、自転車後ろに乗って

私今寒いから温まりたい」


「また来那の後ろ乗るの?」


「またって前もやったてたんだ

でもいいから乗って」


来那の後ろに乗り

来那はまたゆっくりと自転車を漕ぐ


「絶対転ぶなよ?」


「大丈夫!」


危なっかしいな

まあこの間大丈夫だったしいいかな

ゆらゆらと漕ぐこと10分

バイト先の目の前まで行くと

店長がちょうど外を掃除していた


「あれー??誰かと思ったらお二人さんかー

逆じゃない??」


さすがの店長もこの光景に口を突っ込む


「来那が乗せたいって言ったんですよ」


俺が軽く説明すると


「まあいいや、今日はよろしくね」


少し呆れた表情の店長

本当に俺じゃねーぞ?


店に入る

一足早く本間が居た


「あ、お疲れ様です」


「おう」


本間はここ1年くらい俺と極力関わらないようにしてるのか全く会話をしてこない

多分来那と付き合ってるって知ってからだろうな

俺と来那はバックルームに入る

時間になるまで暇だ

来那は椅子に座ってケータイをいじり

俺はタバコを吸う

すると店長が中に入ってきて


「いやーーひまだねーー」


店も暇なんかい!


「今日はあんま人来ないですか?」


店長に聞くと


「んまーーこの時期はどうしてもね

もしかしたら吉見くんと来那ちゃんは夕方に上がってもらうかもしれないね」


「えーーまじっすかー」


せっかくの稼ぎどころがなー

結局今日は本当に夕方に上がった

店長と本間だけで夜は働くみたいだ

まあ暇ならしょうがないな

バックルームに戻り

着替えを済ませ


「じゃあお先失礼します」


俺と来那はお店を出た


ごく普通の日だった

いつも通りすぎて俺は何も考えていなかった

バイトが終わり来那といつものように歩いている時だった


「………」


来那はぼーっと4人家族を見つめていた


「どうした?」


俺がそう聞くと来那は


「………!?」


来那は初めて人を見て何か反応していた

目の前には4人家族がこちらに向かって歩いていた

来那は体を震わせその家族を凝視する


「……嘘…」


来那が小さな声で呟いた


「……うっ」


来那は口を押さえて苦しむ


「ら、来那!?」


俺もその姿に動揺する

な、なんだ?

一体どうしたんだ!?

4人家族がこちらに近づくと

香水の匂いがする

来那は依然として苦しんでいる

むしろ苦しそうに咳き込んでいた

そしてその4人家族の母親らしき人がこちらに来て


「来那?」


その声を聞いた瞬間




「……うっ…!」


「お、おい来那!どうしたんだよ!」


来那は何も出ていないのにえずく


「……っ!」


俺は何がなんだかわからなかった

来那がこんなに苦しむ意味がわからなかったが

この人は来那の名前を呼んでいた

ということは……?


「あんた、生きてたんだ」


その女の声を聞くと

来那はもっと苦しんで咳が止まらなくなる

俺は来那の背中をさすりながら


「ど、どなたですか?」


その女に聞く


「こいつの母親だけど」


「…………!?」


来那の母親……?

来那に暴力を振るって記憶障害にさせたあの母親なのか…!?


「あんたのせいで大変だったんだよ

足を5針も縫って、ずっと歩けなかったんだ!

久しぶりに会ったけどほんと憎たらしい顔してるね」


「……やめて」


来那は頭を押さえる


「あんただけは許さないよ!

こんなのこのこと彼氏と歩きやがって

あんたも歩けなくしてあげようか?」


女は来那の足を思い切り踏む


「やめてってばぁぁー!!!!」


聞いたこともない来那の叫び声

来那は思い切り女を押し飛ばした


その瞬間


「……はあ…はあ」


ひどく息を切らせて来那は

その場で倒れた


「……来那!?」


俺は見たくもない光景に少し涙目になる

なんなんだよこれ…


「ふん!いい気味だね

そうやって倒れてな」


「いい加減にしろよ!!!」


俺はその女に向かって思い切り怒鳴る


「来那はあんたらのストレスの吐き場所じゃねーんだよ!!

来那が今どんな状況か知らないだろ!」


俺がそう訴えると


「知らないね、むしろどうでもいいし」


…こいつ、自分の子供がいる前でよくそういうこと言えるな


「じゃあもう関わらないでくれ

来那の前から消えてくれ」


俺は来那の体を起こす

4人家族は何も言わずに通り去る

……くそ

なんで来那だけこんな目に合わなきゃいけないんだ

俺が来那を守りたかった

なのに何も出来ないで来那は倒れてしまった

俺は急いで救急車を呼んだ

5分もしないうちに救急車が来て

来那が通ってる病院まで送ってもらう

……来那

守ってやれなくてごめんな

俺は涙を流しながら来那の手を握る

あんなに苦しんでる来那を見たのも

あんなに叫んで抵抗している来那を見たのも初めてだった

だからこそ、俺は事の重大さを体全身で感じている


病院に着く

来那が運ばれて俺は待合室で待っていた

すると女医さんが中から出て来て


「彼女さんは命には別状ありませんよ

過度なストレスで倒れたみたいです」


という言葉を聞く

俺は体の重荷が全て降りるように深くため息をついた


「よかった」


「とりあえず中に入ってください」


俺は病室に呼ばれる


来那は目を閉じている

来那が寝てるベットの横に立つのは麻生先生


「来那ちゃん、一体どうしたの?」


突然のことに先生も驚いてるようだ


「……実は」


俺は今日の来那の出来事を麻生先生に話した


「かなり昔のストレスが関係してるみたいだね」


麻生先生が深刻そうな顔を浮かべる


「でも、来那ちゃんの命に別状はないよ

だから律くんも安心してほしい」


麻生先生はいつもの笑顔で俺を和ませた

そしてしばらくすると来那は目を覚ます


「……来那!」


俺は飛びつくように来那の元に駆け寄る


「………」


来那は目を薄めてぼーっとする


「来那?元気か?どこか悪いところある??」


「……ごめん」


来那は小さな声で謝る


「謝んなよ、ぜんぜ」「……誰?」




「………え?」




「………誰?」


来那は俺の顔を見て言った

時が止まったかのように長い沈黙が続く


「な、何言ってんだよ……

俺だよ…律だよ!」


俺は来那の肩を強く掴み必死に言った

……まさか俺のこと…


「……あっ、ごめん!

りつだよね?」


来那は慌てるように言う

………よかった

ほんとによかった

俺は心の中で何度も繰り返し安心していた

俺のことを忘れたのかと思った…


「そうだよ、びっくりさせんなって」


「ごめん、頭が真っ白になってて…

ここはどこ?」


「病院だよ、来那の母親に会って倒れたんだ」


「…………え?」


来那は目を丸くさせる


「………覚えてないのか?」


「……今日、私何してた…?」


俺は心臓が止まりそうだった

いつも1ヶ月前のことを説明することはあっても

その日のことを説明したことは一度もない

今日のことを覚えてないなんてことは一度もなかったから


「来那?本当に覚えてないのか?

昨日のことは?その前のことは?」


「……その前?

海に行ってりつと思い出作ってた」


来那は覚えていてくれたまた俺は安心してしまう

もしかしたら今日だけ覚えてないのかもしれない

しかし麻生先生は


「来那ちゃん?今後何か異変があったらすぐに連絡してね」


怖い顔をして来那に言う

なんでそんな怖い顔するんだよ

先生がそんな顔したら俺も不安になるだろ

でもそんなことは聞けなかった

その理由を聞くと怖くなりそうだから


「とりあえず今日は帰っても大丈夫だから

また同じこと言うけど何かあったらすぐに連絡してね」


麻生先生は釘をさすように来那に言う

来那も疲れてる様子だったので今日は帰るとするか

それにしてもなんで来那は今日の出来事を忘れてしまったんだろう

よくわからないが嫌な予感がするのは間違いなかった

でも気にしたくなかった

俺が気にして来那のテンション下げちゃダメだと思った

だから俺は来那を家に送る時も無理して笑って誤魔化すように明るく振る舞った


次の日

俺は心配すぎて朝来那に電話をする

ワンコールもしたら来那は電話に出てくれる


「来那?起きてるか?」


『うん、起きてるよ?どうしたの?』


「ちょっと心配でさ、

昨日のことまだ思い出せないの?」


『昨日のことって?』


………覚えてない…?


「病院行ったの覚えてる?」


『え?病院行ったのって海行く前の時だよね?』


「……違うよ」


俺はなぜか1人で恐怖に堕ちていた


「昨日何してたか覚えてる?」


俺は声が震えていた

これ以上何も変わって欲しくなくて

でも来那は御構い無しに言う


『昨日って何してたっけ?』


「………ま、まあいいや

今日も学校だろ?

ちょっと心配で電話しただけだから」


『なんで心配なの?』


「いや?なんでもない」


また俺は誤魔化してしまった

それが俺と来那を苦しめてるとも知らずに

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