第16話もがいた話



あれから半年後

12月になり、寒さが厳しくなる

来那は寒いのが苦手でかなり厚着をして外に出るらしい

来那も俺もバイトが休みの日のこと

俺は来那に呼ばれてあるところに行く

それは都内の総合病院

なんでこんなところに行くかというと

来那は一応通院を繰り返している

もしかしたらよくなるかもしれないと信じて3ヶ月に1回は通ってるみたいだ

病院の中に入ると

さすがはでかい病院だけあって患者さんもたくさんいる

来那は神経内科のところへ受付をする


「川本来那です

いつも麻生先生に診てもらってるんですけど」


「はい、じゃあ待合でお待ちください」


受付のお姉さんが笑顔で対応する

始めて来那の病院行くから緊張するな


「麻生先生ってどんな人?」


来那に聞くと


「私も覚えてない

でも、お兄ちゃんはいい人だって言ってた」


そうか、来那は毎回初めましてなんだな

待合で座って待ってると


「川本来那さーん」


来那の名前が呼ばれる

俺も一応一緒に入る


中に入ると


「来那ちゃんこんにちはー」


白髪混じりの先生が笑顔で座っていた

この人が麻生先生だな


「こ、こんにちは」


来那は緊張している様子


「体調はどう?」


麻生先生が来那に聞く


「大丈夫だと思います」


「そっか、変わったこととかはない?」


「わかんないです」


来那は淡々と質問に答える


「彼はお友達?」


麻生先生は俺に手のひらを向けて来那に聞く


「彼氏です」


「えぇーー!来那ちゃんに彼氏かー

なんか寂しくなっちゃうなー」


と麻生先生はまたぱーっと笑顔になる

いい人そうだな

来那は質問に答えるだけだった

特にどこかを診てもらうわけでもない


「はい、じゃあ以上になりますね」


ドテー!!


俺はすっ転ぶ


「あれ!?終わりですか??」


「はい、終わりです」


相変わらず笑顔の麻生先生

は、はやいな


「だ、だってもっとなんかないんですか?

レントゲン撮って体に異常はないかとか?」


俺は飛びつくように麻生先生に訴える


「気持ちはわかるよ?

ただそれは最初にやったからね

でも、脳には異常はなかった

原因不明の記憶障害なんだよ」


笑顔だった麻生先生は急に真顔になる

専門の先生に言われたら納得するしかないじゃないか


来那もいまいちピンときてないみたいだ


「麻生先生はずっと来那を担当してたんですか?」


俺は唐突に聞いてみる


「うん、

来那ちゃんが14歳の頃からだから6年前になるね」


俺と来那が会う前からか

でもこの人のおかげでなんとかなってんのかな?

質問しかしてないけど


「来那ちゃん他に何か質問とかある?」


麻生先生は来那の方に目を向ける

来那は下を向く

しばらく黙ったままだった


「来那?どうした?」


俺が来那に聞くと

来那はやっと口を開く


「どうやったらずっと記憶出来るの?」


俺でも分かりきった事だった

でも来那は必死な顔をして言う


「りつとの思い出を共有したい」


「今の来那ちゃんじゃ無理だよ」


「いつ治ってくれるの?」


「申し訳ないけどそれはわからないよ

それがわかれば君はここに来る必要はないからね」


「………」


来那は納得してないような表情で黙ってしまう


「私もね、来那ちゃんが良くなるように考えてるんだよ?」


深い息を吐いて来那の目を真っ直ぐ見つめる麻生先生

俺もなんだか見ていられなかった


その後来那は同じような質問を繰り返す

もう来那の記憶は戻ることはないと改めてわかってしまう

でも悪くなることもないから今のままでも十分幸せな日々が送れるのならそれで良いと思う

来那もわがままだから先生の言うこと聞かないし


診察室を出る

約15分くらい質問されただけだった

来那は足取り重そうに出ると


「ちょっとトイレ行って来る」


と、俺に荷物を渡してきた


「おう、いってらっしゃい」


とりあえずベンチに座り待つことにする

それにしても

来那の記憶障害は原因不明だったなんて

脳に支障があるとかならわかるけど

原因不明なら誰も責められないよな

親の虐待が原因だとしたら精神的な問題になるよな

なんて考えてるうちに

来那は出てくる


「おまたせ」


「うん」


来那の荷物を渡す


「来那の記憶では麻生先生は初めましてなの?」


「うん、会った記憶がない」


来那も俺と同じベンチに座る


「あーあーりつとの思い出を共有したかったのに」


来那は本当に残念そうな顔をして足をバタバタさせる


「まあしょうがないよ

俺は今のままでも充実出来るけどな」


俺はそう言うと

来那は悲しげな表情をこちらに見せてきた


「りつは普通に育った人だもんね

私の気持ちなんてわかんないよ」


そう言われた瞬間

俺は嫌な予感がピキッと頭の中で走った


気持ちを落ち着かせよう

外にある喫煙所でタバコを吸う

そういえば来那と会ってからタバコの本数が減った気がするな

興味本位というか度胸試しで始めたタバコだった

高1の頃に先輩から度胸試しで吸わされていた

あの頃はまずかったはずなのに今じゃタバコがないと落ち着かない

度胸試しで始めたのに今じゃ辞める度胸がないな

でも来那と一緒にいる時はタバコのことなんて忘れる時もある

来那に気を使ってるとかではなくて

単純に楽しくて、嬉しくて、大事な1日を実感したくて

忘れることが多い

でも久々に来那といる時にタバコを吸いたくなった

来那から言われた一言が少し怖い


『私の気持ちなんてわかんないよ』


わかったつもりでいた

でも今そんなこと言われると分からなくなる

俺は一緒にいれるだけでよかった

でもそれは独りよがりになってたのかもしれない

来那は違うのかもしれない

色々な不安が募る中


「りつー」


来那が喫煙所まで来た

俺は不安を隠しながら


「おぉーどうした?」


「もうお金払ったからこっちに来た」


「おっけー、じゃあ行こうか」


一応今日は都内にいるので病院が終わった後に都内でデートする予定だった

普段あまり都内に行かないから楽しみではあった

俺はタバコの火を消して

来那と駅へと向かった

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