第10話溢れる話
来那の家に着く
2度目の来那の家だ
「まだお兄ちゃん帰ってないから」
と言いながら来那はドアを開ける
「お兄ちゃん帰ってくるまでご飯ないから待っててね」
「はーい」
いつもお兄さんがご飯作ってるのかな?
まあ来那は中2から記憶がないって言うし覚えられないしな
「先にお風呂入る?」
来那にそう言われた時には俺はもう
『それとも、わ・た・し?』
というセリフが思い浮かんできて
ご飯を食べたいよりもお風呂に入りたいよりも
来那を食べてベットの中に入りたい気分だった
けどやはり
「部屋入っていいよ」
来那が自分の部屋を開ける
そこには来那が今までメモしてきた紙が貼られている
それを見た途端自分の欲求は一瞬にして消されていた
あぶねー頭の中のエロエロモードが暴れるところだった
前にもこの部屋でエッチはしたけど
あの時は優しく包み込みたかった
来那を守りたい一心で体を重ねたわけだしな
来那も部屋に入る
来那は一つの紙を手にとって
「お風呂沸かすの久しぶりで忘れちゃったよ」
とメモを見ていた
普段からお兄さんが全部やってるのかな?
俺は聞いてみることにする
「いつもお兄さんがやってくれてるの?」
「大体やってくれてるよ」
「そうなんだ」
お兄さんはかなり大変だろうな
全部自分でやった上で来那を支えていくんだもんな
「ねえーりつ、着替えお兄ちゃんのでいい?」
来那が俺の顔を覗き込むようにして見る
あぁ、やっぱまん丸な目が可愛いな
なんて見てる場合じゃなかった
「え?むしろ逆にいいの??」
「うん、お兄ちゃんにはライン送ったから大丈夫だよ」
「じゃあそれなら借りちゃおうかな」
来那はお兄さんの部屋に行って
そのついでにお風呂も沸かしてくれて
着替えを持ってきてくれた
「さすがにパンツはやだよね?」
と来那は笑いながら言う
「まあ、そこは俺も気使わせて」
俺も笑いながら言う
来那の家のお風呂は沸くのが早いのか
沸いた時に鳴る音がした
とりあえずお風呂に向かう
中に入るとお風呂場でも紙がいっぱい貼られていた
そのうちの一つを見てみると
『青いボトルがボディーソープ
ピンクのボトルがシャンプー
丸い容器がトリートメント』
細かく書かれていた
他にも詰め替えのシャンプーの場所や
バスタオルの場所まで書いてあった
なんだかこういうの見るとまた俺は来那を支えてあげたくなるな
俺は服を脱いで全裸になる
彼女の家で風呂に入るのはかなり恥ずかしい感じもする
風呂場の中はわりと広めで
整理整頓もされている
まずはシャワーを浴びてから湯船に入る
俺はのぼせやすいから3分も入れば十分だ
とりあえず頭を洗って流す
風呂は10分もかからないくらい簡単にやってしまう
まあ男だしな
そんなことを思ってると
ガチャ
ゆっくりと風呂場のドアが開く
「え?」
「りっちゃん、背中洗ってあげようか?」
来那が顔半分だけ覗かせて来た
「ば、ばか!開けるなら一言言ってくれよ!」
俺は慌てて股間を隠す
彼女でもこういう時に恥ずかしくなるのはなんでだろう?
「あ、ごめんね、
なんか私も恥ずかしくなってきちゃった」
来那は色白の顔を真っ赤にさせる
本当に可愛いんだからー
「じゃあ背中洗ってもらおうかな」
俺がそう言うと来那はこちらに来て
俺の後ろに来てしゃがみこむ
来那は泡を立てるスポンジで俺の背中をゴシゴシと洗ってくれる
「こう見るとりつの背中広いね」
「まあ来那に比べたらな」
すげー恥ずかしいぞこれ
それにしても半年経ったんだもんな
早いようで長いような
来那的には1ヶ月の感覚なんだろうけど
「半年って早いな
あっという間だったんだぞ?」
「そうなんだ」
「そうそう、色んなことあったじゃん?」
俺と来那は半年の出来事を振り返った
付き合って3日経った時のこと
手を繋いで歩くというよりは来那が俺の親指を握るのが好きらしくて
そんな感じで親指を握られながらバイトの帰りを歩いていた
俺と来那が付き合うきっかけになった公園まで行き
「来那はキスしたことある?」
と俺は率直に聞いた
そうすると来那は
「内緒だよ」
また内緒か
よくわからないけどこの言葉は嫌いだった
「内緒ってなに?」
「あ、ごめん、覚えてないだけだよ」
なんなんだよ
と思っていたけど付き合いたてだし言いたくなかった
俺は来那を抱きしめて
そのままキスをした
初めてのキスがこの日で来那の記憶の中の初めてのキスでもあった
初デートでは映画を見に行った
かなり怖いホラー映画だったけど
怖いシーンで来那が俺の腕に抱きついてくるのがまた嬉しくて
俺は全く怖くなかった、むしろ怖いシーン万歳って感じ
そして付き合って1ヶ月が経ったときに
初めて都内へ出掛けた
「人混みすごいね」
来那は人混みにのまれないように俺の手をギュッと握る
「まあこれが都内ってやつだよ」
と俺はなぜか余裕をかましていた
野外で色々と売っているしかなり楽しめるよなー
俺はバナナジュースを飲みながら服を見ている
かなり飲みすぎたからかわからないが
やばい、トイレに行きたい……
「ごめん、来那、トイレ行って来ていい?」
「いいよーじゃあ外で待ってるね」
俺は近くのコンビニに行ってトイレに行く
しかも、かなり並んでるな
それから5分後くらいにやっとトイレが空いた
ほースッキリスッキリ
俺は用を済ませて外に出る
来那の元へ行くと
来那を囲む男3人が居た
「いいじゃん!ちょっとだけ遊ばない!?」
「無理ですよ、人待ってるんで」
「大丈夫だよ!知り合いに会ったって言えばいいからさ!」
な、なんだ!?
一瞬わけがわからなかったが冷静になって考える
これは、ナンパだな!?
慌てて俺は来那の方へ駆け寄る
「来那ー?」
「あ、りつ!」
来那も気づいてこっちを見てくれた
「彼氏いんの!?
なんだよー!」
俺はあえてイライラとはせずに
「いい女だろ、ごめんな」
と来那の肩を抱き寄せて言った
すると男たちは
「はん!早く別れろ!」
そう言って帰って行った
案外素直に帰ってくれてよかったわ
事が済むと来那は俺の顔をじっと見つめていた
「ん?」
俺は問いかけるように返すと
「ありがと」
普段あまり笑わない来那が見せた笑顔が俺の目に映る
その瞬間一気に来那が愛おしくなり
思わず抱きしめる
これもしっかりと日記に書かれていてうれしいな
たったの半年かもしれないけど
俺と来那にとっては一生続く大事な半年だって心からそう思える
来那に背中を洗われてるときにふとそう思った
「来那?」
「ん?」
「いつもありがとな」
俺がそう言うと来那は動かしていた手を止める
「お礼言いたいのは私の方だよ
ありがと、大好きだよ」
最近の来那はすごく素直だな
今までは好きとかあんまり言わなかったのに
だからこそ来那が好きって言ってくれるだけで
今までの辛さとか今後の事もプラスに考える事が出来るんだな
「はい、じゃあ後は自分で洗って」
来那は体を洗うスポンジを俺に渡す
「うん、ありがとー」
来那はお風呂場を出た
なんだかものすごく順調にいってる気がする
気分がいいな
そんな風に思いながら俺は風呂を済ませて出る
俺が風呂を出ると来那も入れ替わりで風呂に入る
さすがに俺が背中流すなんて言ったら何をしでかすかわからなかったからやめといた
来那は15分くらいしたら部屋に戻ってきた
「お待たせー」
と言って濡れた髪をタオルでゴシゴシ拭いてる来那
部屋に入って早々ドライヤーで髪を乾かしていた
いつも来那の髪はシャンプーとトリートメントのいい匂いするけどそれがいつもよりも強くて心地よくなる
気付いた時には俺は来那の後ろに座り
髪を乾かしてる来那を後ろから抱きしめた
「なにりっちゃん」
「ん?特に何もないけど
ただこうしたくなっただけだよ」
抱きついてると来那は隠してるつもりだけど喜んでるんだろうな
今でもニヤニヤを抑えてるような感じがする
俺にはわかる、だって来那の彼氏だからなんでもわかるもん
「最近思ったんだけどさ」
髪を乾かしながら来那が言う
「私ね、思い出とかは覚えてないんだけど
りつに“抱きしめられた時の感覚”とかは覚えてる気がするんだよね」
「…そうなの?」
「うん、前にもこうやって抱きしめてもらったなーって
付き合う前に抱きしめられたんだろうなーって感覚だけは覚えてる」
俺はその言葉を聞いて思わず笑みがこぼれた
そうか、感覚だけは覚えてくれてるんだ
思い出は消えてしまうと思っていた
けど、俺との感覚を覚えてくれてるなんて
こんなに幸せなことはないだろうな
俺は来那をもっと強く抱きしめる
「来那、この感覚忘れるなよー??」
俺は来那にとびきりの笑顔を見せてあげた
すると来那は
「うん!“絶対に忘れないよ!”」
来那はドライヤーを止めてこちらに体を向ける
「来那、好きだよ」
「私も」
俺は来那に顔を近づける
来那もゆっくり目を閉じる
唇を重ねると同時に来那からお風呂上がりのいい香りがする
あぁー俺は今、世界一幸せなんだな
そう思うと華奢な来那の肩を掴んでゆっくり体を離す
きょとんとする来那だったが
「ほら、乾かしな?」
と俺が言うと
来那はニコッと笑い
俺の頬にキスをする
そしてまたドライヤーで髪を乾かし始めた
「もしもの話だけどさ」
と、来那は俺の方を向く
「……ん?」
「私ね、医者の人に記憶障害が
良くなるかはわからないけど
悪くなることはないって言われたのね」
「……そうなの?」
悪くなることはない
それだけでも安心出来る
むしろ良くなるかはわからないって事はもしかしたら良くなるかもしれないってことだよな?
来那は話を続ける
「もし、りつのこと完全に忘れちゃっても
ずっと一緒にいてくれる?」
来那は真剣な眼差しで俺の目を見る
だから俺もそれと同じくらい真剣に返す
「当たり前じゃん、
来那から離れるなんて考えられないよ」
「何それ……嬉しい」
来那は小さな声でそう言って微笑んだ
「りつがいてくれれば幸せだよ
もし、そうなってもずっと一緒にいてくれればいいよ
“理由とか、言葉はいらない
ただ一緒に居てくれるだけでいいの”」
来那の言葉一つ一つが
俺の心をまた柔らかく包み込む
来那が俺を忘れようが忘れまいが
ずっと一緒に居よう!!
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