第8話記憶の話


来那は部屋にあるベットに腰をかける


「座って」


俺は来那の隣に座る


「灰皿ないからごめんね」


と言って俺の心配もしてくれる


「記憶障害って?」


大好きな来那の事実を広げるように聞く


「うん、

私、1ヶ月前の事を覚えてられないの」


1ヶ月前……?


「じゃあ、1ヶ月前に行った映画のことも覚えてないの?」


「1ヶ月前の日記見ればわかるよ

今も行ったこと知ってるし

でも、内容までは覚えてない

その後どこに行ったとかどんな話をしたとか具体的なことはもう全部忘れてる」


……そうなのか

昨日、来那は予定があるって言っていたけど

1日でこのメモを書けるわけもない

これは本当の事だ

来那は日記を見せてくれた


「前まではどうせ忘れると思ってめんどくさくて書いてなかったけど

りつと変わるって決めた日からずっと付けてるよ」


本当に4ヶ月前からのことが事細かに書いてある

大きく書かれていたのが

俺と来那の付き合った記念日

6月4日だった



今までの来那の言動には裏も表もなかった

覚えてないだけっていうのも本当だった

だとしたら…俺との記憶もなくなるってことなのか?


「内緒にしてて本当にごめんなさい

思い出を残さない彼女が嫌だって言われるのが怖かったから今まで隠してた

でも、今日で私も覚悟決めるよ

私の人生、りつに全部あげたいから」


来那に言った言葉がいざ自分に返ってくると

俺も少し怖かった

いつか忘れられてしまうのか…

もう、このまま来那との思い出は完全には共有出来ないのか…


“来那の期待”に答えられる自分で居られるのか…


でも違う

きっと来那の方が怖いに決まってる

もうすでに俺との思い出は消えてるのかもしれない

来那は自分の記憶と戦いながら俺を選んでくれたんだ

俺もここで覚悟を決める


「もし来那が俺を忘れても俺は来那のそばに居るよ

俺の人生は来那との人生だから」


大事なのは自分じゃなくて来那だ

来那が俺に人生をくれるなら俺もそれに答えられるようになりたい


泣き虫な来那が


無口な来那が


華奢な来那が


たまに見せる笑顔の来那が

ぶっきらぼうでも付いて来てくれる来那が俺は大好きだ

来那はまた涙を見せた


「りっちゃん、こっち来て」


来那は甘える時にりっちゃんと呼んでくる

俺は来那の方に寄ると来那は俺をぎゅっと抱き締めた


「触れたいときに触れればいいって教えてくれたのりっちゃんだよね?

こうやって抱きつくのもりっちゃんが初めて

こういう気持ちを忘れたくないって思わせてくれたのもりっちゃんで、

忘れたくない人がいるのもりっちゃんが初めてだよ」


来那の素直な言葉を聞く


「本当に言ってる……?」


俺は涙を溜めた

こんなにも純粋に思ってくれてるなんて

騙されてるかも知れないとか

そんなバカなこと考えていた自分を殴りたい気分だ


「本当だよ」


来那は俺のシャツの後ろをぎゅっと握る


「多分私の体は初めてじゃないかもしれないけど

私の記憶の中の初めてはりっちゃんだけ

全部りっちゃんで私の記憶を埋めてほしいの」


俺も来那も涙を流し合う

俺は来那から少しだけ離れてそのままキスをした

泣きながらキスをするのなんて初めてだ

来那が思ってくれてる通り

来那の記憶を全部俺で埋めてあげたい

来那が愛おしい

何度も何度も唇を重ねて


俺は手を来那の胸の方へ持っていく


「りつ、大好きだよ」


来那は泣きながらも笑顔で言う

俺はそのまま来那を押し倒して

熱く体を重ねた


来那の部屋でセックスをした

来那の初めては俺だ

来那の記憶は俺しかないはず

今は二人でベットに寝ている

来那は俺に抱きついている


「りつ、ありがとね」


とお礼を言われる


「なんで?」


「私、多分前にも彼氏いたのかも知れない

けど、メモも日記も書いてないってことはさ

そんな大した人じゃなかったのかもしれないね」


来那の部屋は来那の記憶そのものだと思っていい

忘れちゃいけないことを大きくメモしてあるから


「来那」


「ん?」


「なんで記憶障害になったの?」


元からか?それとも何かがあったとか?

来那は俺を抱く力を強くする

「中学2年の頃までは覚えてるんだよね」


来那は目を瞑りながら言う


「なんで中学2年?」


「私にもわかんない

けど、中学2年の頃に

虐待されてた記憶がある」


「虐待…?誰に?」



「両親から」


……両親?


「マジで?」


「うん、その記憶だけはある」


「何されたか聞いてもいい?」


「……うん」


来那はためらいながらも答えてくれる


「暴力が多かった」


俺は思わず言葉を失う

両親から暴力?

なんでそんなことになったんだろう

どこまで聞いていいのかはわからない

ただ俺が思ったのはその頃の記憶までは覚えてるということは

両親からの虐待がきっかけで記憶障害になったのかも知れない

今は両親がどこにいるかわからないってことは一緒に暮らしてないって事だよな


「この家に来那以外誰かいるの?」


「お兄ちゃんがいるよ」


お兄さんか…


「お兄さんは記憶障害じゃないの?」


「違うよ、ずっとお兄ちゃんに守られて来たから」


来那は嬉しそうな顔をして言う

両親の虐待からも守ってくれたのか

相当お兄さんに愛情を注がれてきたんだな

俺と来那は起き上がり


「ありがとね、来那

俺に本当のこと教えてくれて」


来那は優しい顔をして首を横に振った


「ううん、ずっと黙っててごめんなさい

りつの中でもしかしたら騙されてるかも知れないとか思われてたと思う

嫌な気持ちにさせてごめんね」


来那はまた俺に抱きつく

俺にとっては4ヶ月だけど

来那にとっては1ヶ月

どんどん感覚が離れていくけど

それでも来那と一緒にいたい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る