永遠の白銀章
七年前のあの日のことは、いまだによく覚えている。
その年も、王都エーベネの円形闘技場では、お決まりの二人が相対していた。
一人は、剣士ゲオルク・シュナイダー。国王主催の御前闘技会で、九年連続の「黄金章」すなわち優勝者の証を得ている、名実ともに王国最強の剣士だった。
形良いあごひげを角ばった顔にたくわえ、磨き上げた鋼の甲冑に身を包み、黄金に輝く
もう一人は、同じく剣士のヴァルター・ユング。こちらは六年連続で「白銀章」つまり準優勝者の証を得ていた。初参加の頃から「天才」と謳われていたし、強い剣士だったのは間違いねえ。だが、同じ時代にゲオルクがいたのが不運だった。六年連続で同じ組み合わせとなっていた闘技会決勝戦で、ヴァルターが黄金章の栄冠を手にしたことは一度もなかった。
ヴァルターは銀色の鎧兜に身を包み、刃のない
もっとも、その美しさの方向性は、剣闘士としては多少皮肉だったのかもしれねえ。
透き通るような白い肌、背に流れる長い銀髪、そして年ごとに増える白銀章。あいつが「白銀のヴァルター」と呼ばれるようになるのに、そう時間はかからなかった。本人はその二つ名を明らかに嫌っていた。だが、本人のいないところではほとんど常に、ヴァルターの名は「白銀」の枕詞を伴っていた。
その日――同一組み合わせの七年目となる、御前闘技会の決勝戦の日。
オレは二人の試合を、ゲオルク側の関係者席から眺めていた。
当時、ゲオルクの武具はオレがすべて作っていた。自分の「作品」が勝ち上がっていくのは見ていて気持ちよかったし、ゲオルクの側も、
最強の武具と最強の使い手は、その年も揃っていた。だから、オレはゲオルクの勝利を疑っていなかった。
観客たちも同じだったろう。審判がヴァルターの名を呼んだ時は、若い娘さんたちの甲高い声がたくさん上がった。だがゲオルクへの歓声は、それに数倍していた。子供も青年も、壮年も老人も、ゲオルクの勝利を確信しているように見えた。
「ゲオルク・シュナイダーおよびヴァルター・ユング。両名、剣士の誇りと国王陛下の御名に懸けて、正々堂々と剣を交わすことを誓うか」
「誓います」
「……誓います」
両者の答えを確かめ、審判が右手を上げる。
「では、両者位置に。……三」
にらみ合う二人が腰の剣を抜き、腰を落とす。
「二……一……」
ピリピリと張りつめた殺気が、関係者席まで伝わってくる。
「……はじめ!」
声と共に、両者が打ちかかる。
ゲオルクの
先に体勢を整えたのはヴァルターだ。正面から再び打ちかかれば、ゲオルクが難なく
今度は、下からすくい上げるゲオルクの一撃。ヴァルターは冷静に剣で受け流す。ひらりと、銀の髪が舞った。
「はぁぁッッ……!」
ヴァルターが吼えた。
屈めた上体から、胴狙いの連撃が飛ぶ。
受け切ったゲオルクが、横薙ぎを一閃。ヴァルターの長い脚が、軽やかに退いてかわす。
目で追いきるのも難しいほどの、素早い攻防だ。しかし共に、
毎度ながら凄まじい戦いだ。だがオレの剣と防具は、この状況にも耐えられるはず。可能な限り軽く強く、着用者に炎の活力を与えるように作ったんだからな!
「ウォォォアァア……!!」
ゲオルクの咆哮。重心の乗った一撃に、ヴァルターの足がよろめいた。
すかさず、
刀身が肩当を打つ。高らかな金属音が鳴った。
誰もが思ったその時、ヴァルターが吼えた。
「……
場内がざわめく。
いや、どう見てもあれは
だがヴァルターは、なおもゲオルクに打ちかかる。
兜から覗く横顔が、凄まじい形相だった。眉間に深い皺が刻まれ、目は血走り、大きく開いた口からは獣じみた咆哮があがる。
地獄の悪鬼の形相だった。何かに憑かれてるんじゃねえか、とすら思えるくらいに。美の女神が今のあいつを見たら、美貌を貢いだことをきっと後悔しただろう。
ヴァルターの
場内のざわつきが、当惑の色に染まり始める。
あいつ、なにをやってやがるんだ。試合用の剣に刃はついてねえが、ああも何度も打てばダメージは入る。
……剣の方にな。
並の鎧なら衝撃を通しちまうだろう。だがオレは、そんなヤワなもん作ってねえ。
火精の力で強度を増した鋼は、あの程度の衝撃なら吸収するはずだ。むしろ刀身の方が、流れ込む火の力に耐えきれねえ――
思った瞬間、案の定。
ヴァルターの剣が、折れた。
真っ二つの刀身が宙を舞い、黒土に落ちる。
ゲオルクが、静かに告げた。
「
呆然として固まるヴァルターの胸を、ゲオルクは
あっけなく、ヴァルターは仰向けに倒れた。乱れた銀髪が、黒い地面に散った。
むき出しの白い喉元に、剣の先っぽが突きつけられる。
呆然としていた審判が、我に返った。
「……試合続行不能。勝者、ゲオルク・シュナイダー」
闘技場を、歓声と万雷の拍手が包む。ゲオルクが、誇らしげに手を挙げて応える。
ヴァルターはその下で肩を落とし、髪の黒土を力なく払っていた。もはや色男は見る影もなく、生気のない抜け殻となりはてていた。あまりの虚脱ぶりが心配になり、じっと見ていると――不意に、ヴァルターはオレの方を見た。
血走った黒い目が、幽鬼そのものだった。
祟り殺してきそうな形相に、オレは震え上がった。目で人を殺せるものなら、あの時オレは確実に死んでいた。
おい、なぜオレが恨まれる。オレの鎧が、おまえの剣を防いだせいか。オレの武具のせいで、負けたとでも言いたいのか――
闘技場の係員二人が、ヴァルターの両脇を抱えて、徽章授与の祭壇へ引きずっていく。なぜだかオレは、その後姿から目を離すことができなかった。
ヴァルターが、ブラウ川に身を投げて死んだと聞かされたのは、翌日の朝のことだった。
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