第20話

綾が待っている隅へと戻ると、ようやくホッと息を吐き出すことができた。



「早人すごいじゃん!」



綾が拍手をして迎えてくれた。



俺は照れ笑いを浮かべながら汗を手の甲でぬぐった。



「あんな得があるなんて知らなかった」



「昔から従兄に教えてもらってたんだ。どこかで披露する気なんてなかったけど、こんな所で役立ったよ」



俺は照れ隠しにそう言った。



「評価5ってすごいよ早人」



目を輝かせてそう言ってくる綾に、俺は左右に首をふった。



そんなに褒められるとなんと言えばいいかわからなくなってしまう。



俺は綾から視線を外して、残っている1人に目をやった。



残っているのは5組の星斗だ。



星斗はさっきから手の中に何かを握りしめていて、しきりにそれを確認している。



「じゃぁ、最後! さっそく見せてみろ!」



俺ボディウェーブで機嫌を良くした鬼が星斗へ向けてそう言った。



星斗の肩が微かに震える。



けれど、その表情は自信に満ちていた。



「俺はマジックをします」



広間の中央へ立ち、星斗がそう言った。



さっきから手の中に持っていた物は、マジック道具だったようだ。



常に持ち歩いているのかもしれない。



自分が評価5をもらった安堵感から、俺は星斗のマジックを冷静に見る事ができるようになっていた。



どんなマジックを披露するのかわからないけれど、子鬼たちもマジックと聞いただけで食いついている。



「それでは、俺の両手に注目してください」



星斗がそう言い、両手を広げて見せた。



手には何も持たれていない。



手の甲にも手のひらにも、なにもない。



「ここに赤いハンカチが一枚あります」



ポケットからハンカチを取り出す星斗。



そのサイズは通常のものより少し小さめに見える。



「なんの変哲もないハンカチです。ご覧ください」



そう言い、一番近くにいた子鬼にハンカチを渡す。



子鬼はハンカチを裏返したり、振ったりして確認している。



なにもないようだ。



「それではいまからこのハンカチを消してみせましょう!」



子鬼からハンカチを返してもらい、そう言う星斗。



子鬼たちから楽しげな笑い声が聞こえた。



反応は上々だ。



ハンカチが消えるマジックなんてよくあるけれど、こうしてまじかで見たことはないのだろう、鬼も興味津々に星斗へ視線を向けている。



「手を軽く結んで筒状にします。今からこの中にハンカチを入れていきます」



星斗は左手を軽く結び、その中にハンカチの端を入れた。



右手の指を使いそれを手の中に押し込んでいく。



最後に右手の親指を使ってハンカチを押し込み……「じゃん!」という掛け声と共に両手を開いてみせた。



その手の中にハンカチはない。



広間の中が一瞬静まり返り、そして歓声が沸いた。



こんな単純なマジックでここまで喜ぶのかよ。



種と仕掛けがわかった俺は苦笑いを浮かべる。



それなら本気のボディウェーブなんて必要なかったじゃないか。



そう思った時だった。



俺と綾の後ろに座っていた文夫が突然立ち上がり、星斗へ向けて歩き出したのだ。



止める暇もなかった。



文夫は星斗の隣に立つと、その右手を掴んだのだ。



鬼たちからの拍手がピタリと止まり、とまどった表情を浮かべはじめている。



俺も鬼たち同様に戸惑っていた。



文夫はいったいどうしたんだろう?



「ねぇ、まさか……」



綾が小さな声でそう言い、俺の手を掴んだ。



「え、なに?」



俺が綾に聞き返すより先に、文夫は動いていた。



「こんなのいかさまだ!!」



そう言い、星斗の右手の親指を掴んだのだ。



あっと思った時にはもう遅い。

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