第19話
俺にはこれといって特技はなかった。
勉強はほどほどにしかして来なかったし、将来は父の会社を継ぐことが決まっていたから夢もない。
だけど……。
1つだけ、幼い頃から続けてきたことがあった。
それは従兄の兄の影響ではじめたダンスだった。
運動神経のいい鬼たちの前で披露したってダメかもしれない。
文夫のバック転みたいに低評価になるかもしれない。
それは理解していたけれど、俺にはダンスしかなかった。
それ以外に今できることなんて、なにもない。
俺は広間の真ん中に立ち、鬼を見た。
お前はどうしてこんなことをするんだ。
みんなを残酷に殺して、それを見て楽しむなんてとんだ野郎だ。
心の中でそう罵った。
もちろん、声に出したりはしない。
綾だけは助けてやらないといけない。
そのためには、こんな所で死ぬわけにはいかない……!
☆☆☆
ほんの数分の時間が永遠のように長く感じられた。
音楽も何もない中、俺はダンスを踊っていた。
ボディウェーブの連続技だ。
体全体を波打たせるようにしてダンスする。
グネグネと動くそれは骨が消えてなくなってしまったかのように見える。
指の先からなみが始まり、足の指先まで流れて行く。
右から左へ左から右へ。
体を波にゆだねているタコのように動き回る。
子鬼たちが俺の真似をしようとダンスを始めるが、元々体が硬いのかうまくいかない。
筋肉の塊でできたその体は人間とは違っていた。
やがて広間の中には拍手が沸き起こっていた。
「やっべぇ。あいつ神ってるわぁ」
ギャル鬼がそう呟く声が聞こえて来た。
拍手は次第に大きくなっていく。
俺は額に汗が滲んでくるのを感じていた。
成功か?
これでよかったのか?
反応は上々に見えるけれど、結果がでるまではわからない。
不安が体中から湧き上がって来るのを感じる。
視界の端に綾が見えた。
綾は鬼たちと一緒になって拍手してくれている。
それを見た瞬間、ふっと不安が消えてなくなった。
そうか、それでよかったのか。
そう思えた。
次の瞬間……足が絡んだ。
もうすぐ終わりという所で体のバランスが崩れる。
目を見開き、息を飲む。
気が付けば目の前に広間の床が見えていた。
このままこけたらおしましだ。
床に汗が一粒落ちた。
俺は咄嗟に床に右手を付いていた。
そのまま勢いにまかせて体を持ち上げる。
片手で倒立した状態になり、静止する。
拍手が一際大きくなった。
幸いなことに片手倒立がフィニッシュの形に見えてくれたようだ。
ホッと安堵して体勢を戻した。
審査員の子鬼へ視線を向ける。
そこには5人全員が○を出しているのが見えたのだった。
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