第18話

綾は広間の中央へ立つと同時に、鬼へ向けて会釈をした。



鬼はその態度にピクリと眉を上げて反応を示す。



「あたしはこれから英語を披露します」



英語!



俺は思わず微笑んでいた。



英語は確かに綾の得意分野だった。



学校の成績ではいつも学年トップだった。



「それなら俺を英会話をしようじゃないか」



鬼が綾にそう提案してきた。



綾はほほ笑む。



「英語ができるんですね? それなら安心しました」



そう言い、自分の胸に手を当てる。



確かに、いくら上手な英語を使っていたとしても、相手が英語を理解できないんじゃ話にならない。



鬼が英語ができるという点においては良かったと言える。



「英語くらい簡単だ」



鬼が自信満々に答える。



子鬼たちが鬼と綾を交互に見つめて目を輝かせ始めた。



「それでは、お願いします」



綾は丁寧にお辞儀をして、口を開いたのだった。



……正直、聞きとる事ができたのは最初の方だけだった。



俺も少しは勉強しているからある程度の会話はできる。



だけど、それではおもしろくないと感じたのか、鬼が途中から会話のスピードを上げて行ったのだ。



綾はそれに必死で食いついていく。



もうどんな単語を発しているのか、俺の耳では理解できないくらいになっていた。



早送りのテープを聞かされているような感覚だ。



綾はギュッと手を握りしめて懸命に鬼との会話を続けている。



ここで綾の会話の速度が落ちれば、得点は低くなってしまうだろう。



綾もそれを理解しているから、食いついているのだ。



「なかなかやるなぁ」



会話が一段落ついたのか、鬼がそう言って豪快な笑い声を上げた。



綾は肩で呼吸を繰り返している。



ほとんど息も吸わずに会話を続けていたようだ。



「発音もリズムもいい。さすが、こんな船で旅行する学校なだけあるなぁ」



鬼はしみじみとした雰囲気でそう言い、ワインを飲んだ。



綾が微かにほほ笑む。



これは手ごたえがあったように見える。



鬼は上機嫌だし、子鬼たちも2人の会話を熱心に聞いていた。



会話の内容はわからなかったけれど、すごい、ということだけは俺でも理解できた。



「それじゃ、得点」



鬼が子鬼へ向けてそう言った。



俺の心臓がドクンッとはねる。



大丈夫であってくれ……!



それはほんの一瞬の出来事だった。



審査員の子鬼のうち、4人が○を上げたのだ。



残った1人は会話がわからなかったのか、キョトンとした表情を浮かべている。



「よかったな。またひまわりの種についての会話をしよう」



鬼が綾へ向けてそう言った。



ひまわりの種?



どういう経緯でひまわりの種の話になったのか気になったが、次は俺の番だった。



ひとまず綾が最下位になる心配は消えたわけだし、あとは自分の特技を発揮するだけだった。



「次~」



鬼の間の抜けたような声が聞こえて来て、俺は深呼吸をした。



綾が俺の肩に手を振れる。



「さっきは声をかけてくれてありがとう。お蔭でいつもよりも実力が発揮できた」



「そっか。それならよかったよ」



「早人も、きっと大丈夫だから」



「あぁ……。じゃ、行ってくる」



俺は綾の手を1度握り返してから広間の中央へと足を進めたのだった。

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