第16話

文夫の番がどうにか終わった次は、ミヅキの番だった。



ミヅキは止血されたものの、まだ痛みで横たわっている。



「ミヅキ、大丈夫か?」



そう声をかけると、ミヅキはようやく上半身を起こした。



子鬼の手によって包帯を巻かれた耳が痛々しい。



「大丈夫だよ……」



それでも、体を動かすと傷が痛むのか顔をしかめる。



「ミヅキ、一緒に行こう」



綾がそう言い、ミヅキに肩を貸した。



「ありがとう」



ミヅキは少し照れたようにそう言い、素直に歩き出した。



あんな状態でなにを披露するつもりなのだろうか。



せめて、最低点だけは出さないようにと願った。



綾の手を借りて中央まで移動したミヅキは鬼へ視線を向けた。



「あたしはピアノを弾くわ」



ミヅキが堂々とした声色でそう言った。



そういえばミヅキの姉はピアニストだった。



そんな姉を同じようにミヅキもピアノをしていると、風の噂で聞いたことがあった。



「いいだろう。準備しろ」



その言葉を合図に、数人の子鬼がちが動き始めた。



たった数人でピアノを準備できるのかと思ったが、小さな観覧車までここに準備したのだからできないはずはなかった。



ほどなくして子鬼たちがグランドピアノを用意してきた。



確か船の中で使われていたものだ。



綾がミヅキから離れて戻って来る。



ミヅキが終れば次は綾の番だ。



緊張しているのか、不安そうに視線を泳がせている。



俺はそんな綾の手を握りしめた。



こんな事しかできない自分がふがいなかったけれど、今は仕方がない。



一緒に逃げる事は、死ぬことを意味している。



ミヅキが椅子の高さを調節して座る。



目を閉じ、深呼吸をしている。



その瞬間から、ミヅキは自分の世界に入っていた。



目を開けた時、ミヅキの表情は明るかった。



周囲の出来事が見えていないかのように、ノビノビと鍵盤をたたき始める。



それは音楽に疎い俺でも息を飲むレベルだった。



ただ楽譜に忠実に引いているだけじゃない。



ミヅキの心が鍵盤を叩いているように感じられた。



それは弾むように楽しく、だけど時々切なく、そして愛しくなるような音色だった。



「マジ神じゃん」



最後まで演奏を終えた瞬間、ギャル鬼が呟いた。



どうやら、この感動は鬼にも届いたようだ。



子鬼たちから拍手が沸き起こる。



しかし、中にはピアノに興味がなかったのか、欠伸をしている子鬼もいた。



まずい。



ピアノ演奏は子鬼にとってはたいくつなものだったかもしれない。



そんなの想定外だ。



ミヅキもその事に気が付いたのか、慌てた表情を浮かべている。



ミヅキがひいたのはクラシック音楽だったが、ここは子供向けにアニソンをチョイスするべきだったのだ。

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