第15話
小恋は不安そうな視線を審査員の子鬼たちへ向ける。
静かな広間の中、不意に拍手が起こった。
鬼が大きな両手でバンバンと拍手しているのだ。
それを引き金にしたように、広間内に鬼たちの拍手が響き渡る。
「ブラボー!」
「すげぇなお前!」
「まじ、神ってんだけど!」
小恋を絶賛する声が聞こえ、審査員たち全員が○を上げる。
その評価に俺はゆるゆると息を吐き出した。
小恋は満点をはじき出したのだ。
安堵すると同時に、緊張が走った。
俺はどうだろう?
考えてみても小恋に負けないくらいの特技なんて、持ってない。
残っている全員がきっとそうだろう。
みんなの顔には安堵と緊張の色が見えていた。
「すごかったよ、小恋」
戻って来た小恋に綾が声をかける。
小恋は頬を上気させてほほ笑んだ。
やり切ったという雰囲気が漂っている。
浩成の評価御を上回った事で、小恋は生き延びることもできるだろう。
「ありがとう綾」
「一体どこであんな早着替えを習得したの?」
「自宅だよ。あたし一人っ子だからいつも家族から着せ替え人形みたいにされてたの。その内着替えする速度がどんどん早くなって行って、今ではどこでだって着替えられるくらいになった」
両親からの愛情が、今の小恋を救ったと言うわけか。
「次、3番目は誰だ?」
鬼の言葉に文夫が体を緊張させた。
小恋の後に特技を披露しなきゃならないなんて、可愛そうなやつだ。
俺は軽く文夫の肩を叩いた。
その青ざめた顔へ向けてほほ笑む。
「いつも通りにやれば大丈夫だ」
そう言うと、文夫は微かに頷いた。
まぁ、文夫の特技がなんなのか俺は知らないけれど。
緊張している文夫は両手両足を同時に動かして、広間の中央へと向かって行った。
その様子だけでも子鬼たちから笑い声が起こっている。
子鬼たちが上機嫌なのは悪くない兆候だ。
文夫が広間の中央に立ち、鬼を見た。
鬼は優雅に赤ワインを飲んでいる。
「バック転、します!」
緊張した声で文夫が言った。
バック転……?
俺は瞬きをして文夫をみた。
文夫が運動神経がいいなんて、知らなかった。
子鬼たちから笑い声が消えて、文夫が体勢を整える。
「行きます!」
自分からそう合図をだし、足を踏み出した。
勢いを付けて空中へ足を投げ出す文夫。
その足は綺麗に弧を描き、着地した。
見事なバック転だった。
本当に、学校とかで見させてもらえたらきっと拍手していた事だろう。
だけど、状況が状況だった。
文夫を見ていた鬼がつまらなそうに鼻くそをほじる。
子鬼たちが「俺もできるし~」と言いながら文夫よりも上手にバック転をかます。
中には平気でバック宙を繰り広げる子鬼もいる。
この状況でバック転は弱かった。
弱すぎだった。
文夫の顔から血の気が引いていく。
審査員の子鬼へ向けている目にはすでに涙が浮かんでいた。
「あ~……終わり?」
鬼の声が聞こえて来て文夫の肩がビクリと震えた。
「お……終わりです……」
「あっそ。じゃぁ審査」
鬼が投げやりに言う。
これはダメだ。
絶対に0点だ。
誰もがそう思ったが……○が2つ上げられていたのだ。
それは審査員の中でも小さな子鬼たち2人だった。
2人の子鬼たちは目を輝かせて文夫を見ている。
あぁ……神はいた。
俺がそう思った瞬間、文夫はその場に崩れるようにして膝をついたのだった。
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