第9話

「このままじゃゴンドラから投げ出されるぞ!」



俺は鬼の腕を掴んでそう言った。



どうにかして止めないと、中にいる奴らが死んでしまう!



しかし、鬼は不思議そうな顔をして俺を見た。



「何をそんなに焦ってるんだ? 地球では弱肉強食は当たり前だと聞いたんだがなぁ」



「なに言ってんだよ!? 人が死ぬかもしれないんだぞ? 早く止めろよ!」



「例えば、ゴンドラの中に入っているのは豚や牛だったら?」



鬼の言葉に俺は「はぁ?」と、首を傾げた。



こんな時に何を言い出すんだ。



「人間は豚や牛を食べるだろ。それと同じだ」



「そんな……」



ゴンドラの中にいるのは人間だ。



豚や牛とは違う!



そう言いたいのに、綾の悲鳴によって俺の言葉はかき消されていた。



ハッと広間へ視線を向けると、高速回転するゴンドラから人がぶら下がっているように見えた。



実際は吹き飛ばされそうになった必死にひがみついているのだろう。



「おい、止めろよ!」



俺は鬼の腕にすがりつく。



しかし、鬼はその光景を見て笑い声を上げている。



ゴンドラにしがみ付いた人間は今にも手を離してしまうかもしれない。



「おい!!」



鬼に殴りかかろうとした手を、簡単にねじ伏せられてしまった。



後ろに座っていた子鬼が俺の拳を片手で押さえているのだ。



冗談だろ……!?



こんな小さな鬼相手にも勝てないなら、何をしても無理だ!



押さえつけられて腕の痛みに耐えかねて、俺は力を抜いてしまった。



子鬼の手がパッと離れる。



自分の力を自分でちゃんと理解しているようだった。



あのままじゃ、きっと俺の腕は折れていただろう。



「もうちょっと楽しもうよ、お兄ちゃん」



子鬼はそう言うと小さな白い牙を覗かせて笑った。



俺は返事をせず、視線を広間へとうつした。



その時だった。



ゴンドラから人が吹き飛ぶのを見た。



体は大きく空中を舞い、広間の柱に激突した。



グチャッという嫌な音が響き、一瞬周囲は無言になった。



高速で流れる音楽だけが聞こえて来る。



が、数秒後には爆発的な笑い声で広間が満ちていた。



子鬼が笑っている。



鬼も笑っている。



ギャル鬼も笑っている。



メイド鬼も笑っている。



人が投げ出され、死んで、本気でそれを面白がっている。



「な……んで……」



柱に激突したのは千春だった。



顔は見えないが、その髪型には見覚えがあった。



柱に肉が食い込んでいるのか、激突した箇所にへばりついたまま離れない。



白い柱が千春の血によって徐々に赤く染まって行く。



その中に赤い肉片のような、臓器のようなものがまざりあい、ボトボトと落下していく。



下にいた子鬼たちが口を開け、落ちて来る千春の一部を食べていた。



豚や牛と同じなんだ。



鬼にとって、俺たちは食べ物だ。



食べる前に遊んでいるんだ。



ゾッと背筋が寒くなった。



吐き気が込み上げてきて、慌てて紅茶でそれを押し込めた。



隣にいる綾も、ミヅキも小恋も文夫も青ざめている。



千春が死んだ。



なのに観覧車は止まらない。



罰ゲームはまだ終わっていないのだ。



止めろよ。



そう言いたかったけれど、もう声には出なかった。



次は俺が殺さるかもしれない。



次は俺が食べられるかもしれない。



そう思うと、動くことすらできなかった。



「他の奴ら、なかなかしぶといなー」



鬼が肉を食べながらつまらなさそうな声を出す。



「回転速度、マックスー!」



子鬼がはしゃぎながらそう言った。



途端に観覧車が目に見えないくらいのスピードで回りはじめた。



まるでコマ回しを見ているようだった。



回っている時じゃないと見る事ができない、綺麗な模様が浮かび上がっているようにも見えて来た。



綾が口元を押さえて走り出した。



トイレに行くのだろう。


グルグルと回転する観覧車を見ていると、一瞬誰かの姿が見えた。



え……?



と、思う暇もない。



ゴンドラから吹き飛ばされた誰かは、そのまま天井まで吹き飛ばされたのだ。



元々シャンデリアがあったその場所に激突した瞬間、顔が見えた。



あれはイブキだ。



イブキは驚いたように目を見開き、高速で回転している観覧車を見ていた。



天井に跳ね上げられたイブキの体はゆっくりと落下する。



観覧車へ向けて落下する。



子鬼たちが固唾を飲んで見つめている。



鬼が口元を緩めて笑う。



瞬間、イブキの体は観覧車にぶち当たり、真っ二つに切断され、それぞれが別々の方向へと飛び散っていた……。

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