第26話~夏美サイド~
「助けに行かないと!」
メッセージを受け取ったあたしと裕也は部屋を飛び出して玄関へと走った。
写真の背景に写っていた景色には見覚えがある。
家の近所の広場だ。
あそこに犯人と心と彩はいる!
靴をはくのももどかしく外へ出た瞬間、あたしは小さく悲鳴を上げて立ち止まっていた。
こけた頬。
無精ひげ。
生気のない目。
ボサボサの頭。
モニター越しに見たあの男が、玄関先に立っているのだ。
目の前にいると体臭がきついこともわかった。
「お前……」
後ろから追いかけてきた裕也があたしの体を押しのけて前へ出る。
男の目が更に釣りあがるのがわかった。
「あいつらになにした!?」
「知りたかったら、ついてこい」
男はひるむことなくそう言うと、黄色く変色した歯を除かせて笑ったのだった。
☆☆☆
男に連れてこられた先は、思っていた通り近所の空き地だった。
その奥に心と彩が拘束されて座らされていた。
慌てて駆け寄ろうとしたが、男があたしの前に立ちはだかってきた。
「あんたが興味があるのはあたし。2人は関係ないんでしょう!?」
遠くから見ると2人とも外傷はなさそうだけれど、気絶している。
あたしは苛立ちと憎しみを込めて男をにらみつけた。
「確かに、なっちゃん以外に興味はないよ」
男の声が優しくなる。
しかし、それが逆に恐ろしさを加速させていた。
「それなら、2人を解放して! あたしは逃げないから!」
「それはできないよ」
「どうして!?」
「だって、なっちゃんは俺以外の男を家に上げたよね。なっちゃんのことは好きだけど、ちょっと信用できない」
あたしは後ろを振り返って裕也を見た。
裕也はあたしにぴったりと寄り添ってくれている。
「警察に連絡する。そうすればお前は終わりだ」
裕也がスマホを取り出して言った。
しかし、男の表情は変わらない。
むしろ余計に楽しげに歪んでいく。
嫌な予感がして、あたしは後ずさりをした。
「ほ、本当に警察に通報するぞ!?」
「俺、考えてたんだよ。浮気者のなっちゃんに、どういった制裁を行おうかって」
男がゆっくりと近づいてくる。
あたしは裕也の手を握り締めた。
男は全く恐怖を感じていないように見える。
本当に警察に通報されても平気なんだろうか。
「そこで、決めたんだ」
男が何かを取り出した。
それは太陽の光に反射してなにか一瞬わからなかった。
「え……」
呟いたのは裕也だった。
握られている手がかすかに震えた。
「これで、そいつのことを刺してよ」
男は太陽に反射して輝いているソレを、あたしに手渡してきたのだ。
鋭利な刃物が自分の手の中で輝く。
「その男を刺せば、浮気したことはチャラにしてあげる。それに、友達も解放する」
「なに、言ってるの……?」
自分の声が怖いくらいに震えていた。
あたしは浮気なんてしていない。
そもそもこの男と付き合ってなんかいない。
それを勝手に思い込み、友達を拘束して、そしてナイフで突き刺せと命令しているのだ。
この男の感覚は狂ってる!!
咄嗟にナイフを地面に落としていた。
裕也を刺すなんてありえない。
こっちは2人いるし、早く逃げて警察へ!
そう思った時だった。
裕也が地面に落ちたナイフを拾い上げていたのだ。
そしてそれを握り締めて、男へ向かって走っていく。
男はそれを冷静に見つめていた。
「裕也!」
咄嗟に名前を読んでも裕也は止まらなかった。
そのままナイフを振り上げる。
しかし、男は寸前のところで身をかわし、隠し持っていたもう一本のナイフを取り出していた。
そして、それを眠ってる心の首に押し当てたのだ。
裕也が息を飲んで動きを止める。
男がニヤついた笑みを浮かべてこちらを見た。
「嘘だろ」
絶望の声を漏らす裕也に男の笑い声がかぶさる。
「さぁ、どうする? そのナイフで俺を刺すか? それでもいいぞ? その代わり、俺はこいつの首を掻っ切る。絶対に死ねるように奥深くまでナイフを入れる。お前は俺を殺すことができるか?」
男に聞かれて裕也は押し黙ってしまった。
人を殺すなんてこと、できるわけがない。
この男は狂っているから、人を殺すことも簡単なのかもしれない。
裕也は肩で呼吸をしながら男から遠ざかった。
「あいつは狂ってる。心のことを本気で殺す」
「じゃあ、どうすれば」
逃げることも、警察に通報する隙もない。
このままじゃこの男の思う壺だ。
「仕方ない」
裕也はそう言うと、ナイフをあたしに握らせた。
「ちょっと裕也!?」
咄嗟に手放そうとしたが、あたしの手の上から裕也の手がかぶさってきた。
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