第15話~順サイド~
《今日はひとりでご飯》
そんな書き込みと共にカレーの写真が上げられているのを見た俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
もちろんこれはなっちゃんのインツタのことだ。
「こ、これって、俺のこと誘ってるよな?」
俺は何度も投稿文を読み直して確認した。
何度読んでみても、これは自分を食事に誘っているようにしか見えなかった。
文章の中でわざわざひとりだということをアピールしているし、それなのに沢山作ってしまいがちなカレーを選んでいる。
これは、俺の分もあるから早く来てと言っているのだ。
他の人間にはわからなくても、なっちゃんと通じ合っている俺にならわかる。
だからこそ、なっちゃんはこんな回りくどい言い方をしてくれているんだ。
俺は写真を見つめてゴクリと唾を飲み込んだ。
カレーなんて久しく食べていなかった。
その上なっちゃんが作ったものだと思うと、おいしそうで仕方がなかった。
なっちゃんもきっと俺が来るのを待っているはずだ。
一刻も早く行ってあげたい……!
でも、外はもう暗かった。
インツタが投稿された時間は1時間前。
今日はあの3人組に放課後公園に呼び出されて、相手をしてやっていたから帰りがすっかり遅くなってしまったのだ。
あげくあの3人の遊びは的当てゲームと称して俺の体でダーツをしたり、だるまさんがころんだと称して俺を突き飛ばして転倒させるものばかり。
おかげで制服はボロボロで体は傷だらけだ。
これを父親に見られると更に面倒なことになるから、一度学校へ戻って保健室に予備に置かれている制服を勝手に拝借してきたのだ。
だから帰ってきたのはついさっき。
なっちゃんのインツタだって、それまでは見ることはできなかった。
なっちゃんお手製のカレーはとっくに冷めてしまっているだろう。
そう思うと胸が痛んだ。
なっちゃんは俺のために頑張って作ってくれたのに……。
やっぱり、こそこそと付き合うには限界があるみたいだ。
今日なっちゃんに会いに行ったら連絡先を聞いておかないといけない。
なっちゃんと直接連絡が取れるようになれば、もうこんな回りくどいこともせずにすむ。
期待に胸を膨らませて自室から出たとき、すでに酔っ払っている父親と視線がぶつかった。
仕事から戻ってきてすぐに飲むのはいつものことだった。
父親を無視して玄関へ向かおうとすると腕を掴まれた。
咄嗟に引っ込めてしまう。
子供の頃父親に腕の骨を折られたことを思い出してしまった。
「部屋から出てくんなって言っただろうが!!」
酔っ払った父親は突如怒鳴り始める。
額の血管が浮いていて、息はアルコール臭い。
今日は仕事で嫌なことがあったようで帰ってきてすぐに『目障りだから部屋から出てくるな』と言われていたのだ。
幼い頃の自分ならそんな父親の言葉をきいて、一歩も部屋からでなかった。
でも今は違う。
俺も少しは成長している。
「トイレ」
と短く言うと、父親は手を離してくれた。
こういう日常に不可欠なことなら素直に許してくれるのだと、すでにわかっていた。
俺は一旦トイレへ向かった。
トイレは玄関のすぐ隣にあるから、ここから外へ出ることも可能だ。
タイミングを見計らって、父親の目を盗んで逃げ出すのだ。
トイレの中でシュミレーションをして、大きく息を吸い込んだ。
あまりなっちゃんを待たせるわけにはいかない。
行くぞ!
トイレから出てすぐ玄関へ向かう。
そう、思ったのに。
目の前に立っていた父親のせいで足が動かなかった。
さっきまでリビングで横になっていたのに、なんで……。
咄嗟のことに反応できずにいると、父親は俺の目をジッと見つめてきた。
「お前、本当にあの女に似てるな」
呟く父親の声に、憎しみは感じられなかった。
ただ母親を懐かしむような声色をしている。
「え?」
思わず聞き返す。
そんな風に言われるとは思っていなかったからだ。
「用事が済んだがリビングを片付けしろ」
そう言われ、俺はしぶしぶリブングへど戻る羽目になったのだった。
片付けろと言われても、俺は掃除の仕方を知らない。
学校の掃除時間は知っているけれど、教室はこの家ほど汚れてもいない。
ゴミ箱の中は常に溢れていて床はとっくの前に見えなくなっている。
ゴミのクッションの上で父親は酒を飲んでいるのだ。
リビングに入るとひどい匂いもするが、俺はすでにこの匂いに慣れていた。
とにかくゴミを黒いゴミ袋に入れていく。
が、分別なんてわからなかった。
なにをどうすればいいのかもわからない。
足元にあるものを片っ端から袋の中に入れていると、突然後ろから蹴られてゴミの中に頭を突っ込んでいた。
「なに捨ててんだてめぇ!!」
父親が馬乗りになって怒鳴り散らす。
俺は質問する暇も与えられずに頬を殴りつけられた。
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