第7話~順サイド~

一度なっちゃんの家に戻ってきた俺はまず表札を確認した。



苗字は泉と書かれている。



周囲を確認してからポストの中を確認したけれど、中は空だった。



さすがにまだ朝だからなにも届いていないみたいだ。



これは想定内のことなので、そのまま何事もなかったかのように歩き出す。



泉のなっちゃん。



ということは、泉ナナちゃんとか、泉ナツキちゃんとか、泉ナミちゃんとか。



そういう名前の可能性が高い。



いずれにしてもすでになっちゃんの家も苗字も、そして制服から学校だって俺は知っているんだ。



なっちゃんと話せる日だってきっとすぐに来るはずだ。



俺はニンマリと笑顔を浮かべ、舌なめずりをしたのだった。


☆☆☆


俺にとって学校はクソだった。



文字通り便所と同じような場所。



いや、便所のほうがまだマシかもしれない。



ちゃんとした使用用途があるから。



「おい、早く出てこいよ!」



トイレの個室でなっちゃんのインツタを見ていると、外からドアを蹴られて怒鳴られた。



俺は一瞬顔を上げてドアを睨みつける。



もちろん、反応してやる気はない。



新しい写真が投稿されていないか確認していたときだった。



突然頭上が暗くなったと思って顔を上げると、青いバケツが見えた。



反射的に顔をさげた瞬間、冷たい水をぶっ掛けられていた。



同時に聞こえてくる数人の笑い声。



俺はしばらく下を向き、髪の毛を伝って流れ落ちてくる水を見ていた。



濁っていないし、嫌な臭いもしない。



どうやら本当にただの水みたいだ。



それを確認するとホッとして顔を上げた



スマホは咄嗟に両手で包み込むようにして守ったから、無事だ。



そもそも防水加工がしっかりしているから、大丈夫だと思う。



水なら乾かせば元に戻るし、たいしたことはない。



ぶつぶつと口の中で呟き、自分に言い聞かせる。



そうすることでだんだん心が落ち着いてくるのだ。



あんなやつらのために感情を爆発されるのはバカらしい。



そんなことは、絶対にしない。



やがて笑い声は離れていき、トイレにはずぶ濡れになった俺がひとり取り残された。



「順くん大好き」



ポツリ。



呟いた。



そうすると自然と口角あがる。



ついさっき、水をかぶる前に見つけたなっちゃんの最新投稿だ。



《純くん大好き~っ!》



それはまるで恋する乙女のような投稿だった。



見つけた瞬間心臓は跳ねあがり、呼吸が止まった。



「順くん大好き」



もう1度呟くと、体中がカッと熱くなった。



漢字は違うけれど、これは他の人にバレないようにするためのカモフラージュに違いない。



もしくは、なっちゃんが俺の情報を中途半端に持っているかのどっちかだ。



どちらにしても、なっちゃんも俺の存在に気がついて、そして調べてくれていたことになる。



これは、相思相愛じゃないか……?



俺はゴクリと生唾を飲み込んでその書き込みを何度も読み直した。



「ふふっ……ふふふふふ」



知らず笑みがこぼれてきて、声が抑えられなかったのだった。


☆☆☆


ずぶ濡れのまま教室へ戻ると、入り口近くの女子生徒が悲鳴を上げて俺から逃げた。



他のクラスメートたちも逃げたり、俺を見て指差したりしている。



その中で3人の男子たちだけはなんの反応もなく、だらしなく椅子に座って俺を見ていた。



さっき俺に水をぶちまけたのはこの3人組だ。



この3人はことあるごとに俺にちょっかいを出してきて遊んでいる。



俺は無言のまま自分の席へと向かった。



早く着替えたいという気持ちもあったけれど、後は終わりのホームルームだけて帰ることができる。



着替えはその後でいい。



とにかく、今はとても気分がよかった。



あのなっちゃんが俺のことを好きだと言ってくれたのだ。



これ以上の幸せなきっとこの世に存在してないだろう。



もう、元アイドルの愛ちゃんのことなんてどうでもよくなっていた。



そしてふわふわと浮くような感覚で自分の机の前まで移動すると、ゴミが散乱しているのが見えた。



「順くぅん! こんなに汚しちゃダメだろう?」



俺がゴミを見た瞬間3人組みの1人ふぁガタンッと音を立てて椅子から立ち上がった。



そのまま近づいてくる。

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