【KAC20223】下町裁判官の奮闘記!

ポテろんぐ

大切なのは人の心

 東京の下町。

 中小企業の工場が立ち並ぶ街の一角にアマチュアの小さな裁判所があると聞き、私は足を運んだ。

 轟ヒロシ。

 職業、アマチュア裁判官。


「今の法律には人間の血が通っていないと思っています」


 小さな工場の事務室程度の法廷、その奥のオフィスデスクに座りながら彼はこう言った。


「今の法律というのは効率を重視するあまり、理論的になりすぎています。色々な裁判を傍聴している時に私はそう感じました」


 それが自分で裁判所を開くきっかけになったのだと、轟氏は言う。


「大事なのは心です。理屈として理に適っているとしても、そこに「人の心」が通った判決でないと、裁かれる側も「理解」はできても「納得」ができないと思うんです」


 なるほど。

 下町の人情が根付くこの地ならではの考え方のような気がする。


「要するに私は、理屈ではなく「心」で判決を下したいと日頃から思っていない。いわば、法律では裁けない物を裁く。それが私の使命だと思っています」


 轟さんはそう言って、ニコッと笑った。

 それは下町のオジさんらしい、暖かく愛くるしい笑顔であった。



 その日も轟さんのところに依頼人がやって来た。

 既存の法律では裁けない、判決に納得がいかなかった人情者たちが日々、轟さんの裁判所の門を叩くのである。


 この日やって来たのは二人の男女。


 男は二十七歳の無職の男。

 金髪に染めた髪と目つきの悪い顔。いかにもチンピラのような外見をしているが、これでもつい数ヶ月前までは電気メーカーの営業をしていたという。

 そして、女は二十一歳の女性。大人しそうな外見をしているが、夜の仕事をしていると言う。


「彼女が俺の金を全部巻き上げたんですよ」


 元々は電気メーカーの営業担当であったと言う男性。しかし、仕事のストレス発散に訪れた夜の店。

 そこに件の彼女がいたと言う。

 大人しそうな外見の彼女に惹かれた男は、その日から常連となり、プライベートでの付き合いもしばしばだったという。


 そんなある日、彼女が突然、男にこう言った。


「昔から声優になりたいと夢見ていた。でも、今、声優になるには養成所に入らないといけない。そのためには高い授業料が必要になる」


 女性が夜の仕事をしている理由はその為だと言う。

 それを聞いた男は独身貴族で貯金はあった為、彼女のその養成所の入学金を肩代わりしてあげたそうだ。


 しかし、それから彼女の態度が一変する。


「演技レッスンが多くてバイトができない」

「個人レッスンには別料金が必要」


 あれこれと理由をつけて、男から金を騙し取っていく女。

 ついに男の貯金は底をつき、会社の金に手をつけてしまった。それがバレてしまい、男は会社を首になった。

 そして金の切れ目が縁の切れ目。

 それを境に女も男の前には姿を現さなくなったという。


 声優になりたいと言う夢は嘘だったのだ。

 女は大人しそうな外見を利用して、男を安心させ、その裏ではホストなどの夜遊びを繰り返していたという。


「なるほど」


 轟さんは男側の意見も女側の意見も、相手の目を見て真剣に聞いていた。


「別には私はお金をせびってなどいません。困っていると言ったら、この男が勝手に金を払っただけです」


 男は会社を首になったが、女の方は無傷。しかし、女が金を騙し取ったと言う証拠はどこにも無い。


 困り果てた男性は、轟さんの噂を聞きつけ、この裁判所を訪れたという。


「わかりました」


 被告人、原告人の話を聞き終えた轟さんは、静かに目を瞑り、机の上で考え始めた。

 今、轟さんの頭の中ではこの事件をどう解決するかの判断が下されているのだ。


「判決が出ました」


 そう言って轟さんは席から立ち上が理、原告の男性の方へ、一直線に歩いて行った。


 そして、轟さんは何も言わず、男性の顔面をグーパンで思いっきり殴ったのだ。


「ぶほっ!」


 油断していた男性は「まさか殴られる」とは夢にも思っておらず、座って椅子から転げ落ち、床に倒れた。


「いてぇな、何するんだよ!」


 と、突然の暴力に怒りを露わにするが、そんな事意にも介さない轟さん。倒れた男の上に乗り、マウント体制でさらに一発、もう一発と男の顔面目掛けてグーパンを打ち込んでいく。


「判決は男。お前が悪い」


 そう言って何発も原告の顔を殴る轟さん。

 それを横の被告人はドン引きした目で見ていた。

 

 その後、轟さんから判決の発表があり、


「原告を有罪。鍋焼きうどん顔面キャッチの刑に処する」


 馬乗りになった轟さんが、暴れる男性を抑えているところに被告人の女性が男の顔面に熱々の鍋焼きうどんをぶちまけた。


「ぎゃあああああ!」


 裁判所には男性の悲鳴がこだました。


 これによってこの事件は解決した。

 しかし、わからない。

 轟さんはどう言う基準で、あの男を有罪にしたのか。そこに人の心はあったのだろうか?


「だって最初にアイツの顔を見た瞬間にムカついたじゃ無いですか?」


 轟さんは裁判後に私に語ってくれた。


「あんなチンピラみたいな外見の男、どうせロクな人間じゃありませんよ。もう顔を見てるだけでムシャクシャする。どうせ、車とか買ったらスグに女と海に出かけるバカですよ、あんな男」


 轟さんの判決の決め手になったのは、なんと男の外見だったと言う。


「どうせ、ファミレスとかでバカな友達と騒いで周りに迷惑かけているんですよ、あんな男は。もう、顔見ただけで腹が立ちました。私の第六感が『ぶん殴れ』と言って来たんです」


 轟さんは男のイライラする外見を見ただけで、それだけ男の普段の生活を想像して、ぶん殴ったのだ。


 それは「ほんこんの顔がムカついたからビンタ」と堂々と言うダウンタウンの浜田雅功のようであった。


「それに比べて女の子の方は大人しそうで可愛いかった。だったら、みんながムカついてる男の方が有罪になった方がみんな納得するじゃ無いですか」


 しかし、彼女がチンピラ男から金を騙し取っていたのは事実である。それについては轟さんはどう考えているのか?


「可愛い子が犯罪をしても、別に腹が立たないから、別にいいです。犯罪はしても、あの子はきっと近所の子供たちと遊んであげるような優しいところがある女の子です」


 これも轟さんは己の直感だけで、彼女の私生活を想像して、許した。


「裁判に大事なのは、法律でも論理的な思考でも、どっちが悪いかどうかじゃ無いんです。大事なのは「人の心」です。直感的にムカつく顔をしている方が悪い方がみんな、「いい気味だ」って納得するじゃ無いですか。私はそうやって人の外見とか雰囲気で『ああ、こいつ犯人っぽいな』って人間を選んで行きたいんです」


 それで、もしその人が冤罪になったらどうするんですか?


「別に。ムカつく顔の方が良い人だった方がムカつきますよ。だから、犯人でいいんです」


 驚いた事に轟さんは被告の話も原告の話も聞かず、ただひたすら二人を眺め、もうイライラが限界に達した瞬間に立ち上がり、ムカついた方を殴っただけだという。


 難しいことは何も無い、大事なのは己の直感のみという見上げた名奉行。

 確かに私はあのチンピラ風の男が殴られている姿を見て、心が洗われるような気持ちになった。

 なんなんだ、あの人を不快にさせる外見。どうせ、コンビニの前とかにたむろして皆に迷惑をかけているんだ。


 あの男は殴られて当然だ。

 どうせ優先席ででかい態度でスマホを弄ってるんだ、あんなクソ男は。殴られて当然だ。


 私もそう思う。

 直感だけの裁判、いいじゃないか。


 その日の夜。

 轟さんはまだ帰らずに、机に座って頭を悩ましていた。


「実は明日の裁判なんですが、困った事になってしまって」


 そう言って、彼は私に二枚の写真を見せてきた。


 二枚とも女性が写っていく。


「それが明日の被告と原告なんですが。困ってしまいました」


 轟さんは頭を抱えている。

 何が困っているのか、私にはさっぱりわからない。


 被告と原告は、同じアパートの隣同士。日々、お互いの家の騒音に悩まされ、最初は小さな諍いだったのは大きくなり、ついに轟さんの裁判所の門を叩いたという。


 それのどこが一体、問題なのだろうか?


「実は……どっちもブスなんです」


 轟さんは俯きながらそう言った。


「どっちの顔もぶん殴りたい。だから困っているんです」


 轟さんはそれから二時間、机の上で考え続けた。

 パソコンに二人のブスの写真を取り込んで、水着の女性の体に顔をつけたりして、なんとかどちらかの女性を好きになれないかを確かめた。


 しかし、


「ダメです。二時間、頑張りましたが。どっちもぶん殴りたくて堪りません。これじゃあ、裁判にならない」


 轟さんは机の上の電話を取った。

 そして、二人の家に裁判の断りの電話を入れ出したのだ。


(スガシカオの『プロフェッショナル』のED曲が流れ出す)


 どっちもブスじゃ、どっちの顔も殴ってしまう。


「どうせ、コイツらのゲップなんて牛並みに臭いに決まってるんです」


 だから……裁判はやらない。


 金のためにやっている訳じゃない。


 誰もが納得できる判決を下したい。

 それが出来ないなら、納得のいく判決が下せないなら、裁判などやらない方がマシ。


 轟さんの高いプロ意識が垣間見れた瞬間だった。


「だから、ブス二人の裁判なんかできねぇんだよ。整形して出直して来い、ばか!」


 そう言って受話器を置き、彼は一息ついた。


 轟さんに取ってプロフェッショナルとはなんですか?


 もう一方のブスに「死ね!」と捨て台詞を吐き、受話器を置いた彼は、私に優しい笑顔を向けこう言った。


「『人の心にどれだけ寄り添えるか?』それだけだと思います」


 轟ヒロシ、職業、アマチュア裁判官。


 私の取材の数日後に、彼は逮捕された。






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