第9話 雷鳴

仁科宙は居酒屋に着き、妻や子供の顔を頭に浮かばせて複雑な気持ちで扉を開けた。


いらっしゃいませ


天気の影響なのか店内は、そこまで混んではいなくて、入り口側のカウンターにカップルの2人とテーブル席にサラリーマン3人が座っていて、日高有美はカウンター席の奥側で、料理を食べていた。


あれ?この間の?


仁科です。顔、覚えてくれていたんですね?


はい♪今日は酷い天気ですね~


本当に。雷が凄くて思わず、逃げてきちゃいました笑


アタシも雷は怖いんです笑

何か食べますか?

ってアタシ、お店の人じゃないんですけど。おじさん、この人にクシをお願い!


あいよ!


こうしてみると普通の人とゆう感じがして、怖さは少し薄れた。


しばらく待っていると、料理がカウンターに置かれた。


有美ちゃん、彼氏かい?いつの間に?


と店主らしき、年配のおじさんが茶化してきた。


有美 ん~、内緒♪


その後はお酒も進んで、恐怖心は麻痺し、会話は弾んだ。


でさー、仁科さんはどうしてアタシに会いに来たんだ?はくじょーしろ!


有美が箸を向けて説教のように聞いてきた。


似てるんだ!昔、見た人にさ。


似てる?って?


ごめん。自分から来たのに。それは、話せない。


おや?秘密ですかー?おじさーん、アタシに似てる人ってさー、見た事ある~?


そりゃー、有美ちゃんのお母さんが似てるじゃねーかよ。


あー!それ笑


あ、そっか!親子だし?笑

じゃ、お母さんを見たのかも?


あん?どこでだよ?


その辺?笑


宙は必死にごまかした。

・・・飲むと結構、口が悪くなるタイプなんだな・・・


そして1時間が経過し、有美は段々と馴れ馴れしくなってきた。


アタシ、お母さん、嫌いなんだよねー!知ってた?


いえ。何で?


男にさ、だーらしないの!


会話を聞いていた店主が割って入り止めた。


有美ちゃん、それくらいにしときな。


そして、楽しい時間は、あっという間に過ぎて外の雪と雷は止んでいた。


有美は宙にもたれかかってしまった為、自宅まで何とか送った。

・・・や、ヤバい!仕方なかったとは言え、腕に触れてしまった!・・・


うっ!


唐突に宙が走り出し道路脇にある溝へ少し戻してしまった。


アルコールのせいなのか?トラウマのせいなのか?


その時、有美の言葉が頭をよぎった!

・・・アタシ、お母さん、嫌いなんだよねー・・・


宙の中で、この言葉が地鳴りのように響いた。


その日、帰宅した宙は、またしても有美の事が頭から離れなかった。


・・・今日は初めの1歩だし、頑張ったよ俺・・・


有美の笑顔、仕草、声、腕の感触。

そして、あの言葉。

・・・男にだらしないのよ・・・


その日は不思議な感覚と共に全てが雷鳴のごとく頭を駆け巡った。











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