第5話
「皆忙しい、先に始めよう」
「かしこまりました」
「遺物の研究は進んでいるかね?」
その言葉に牧野はフォークを持った手を止め、フキンを口に当てた。
長テーブルには数名分の料理が用意され、皿が空になればどこかかからか新しい料理が運ばれてくる。
料理だけでなく、ワインやビールなどの酒類も豊富に取り揃えられているようだ。
「んー、一進一退と言ったところでしょうか」
常務はそれを聞くと、ふと考えたようにフォークに刺さったステーキの切れ端を頬張った。
「というと?」
「魔法陣や術式などを解読し、その技術を使用した再生力の高い魔物への専用弾、防護服などの対人外用兵器は一定の効果が確認できています。なんせ呪文を書き込むだけですから。ただ、人間そのものを改造するとなるとなかなか難しく試行錯誤の連続になります。それに欠損部も多く……」
「欠損部? なんだ完全な状態ではないのか?」
「物理的なものではありませんが、我々には文字化けしているようにしか読み取れません」
「安全対策ということか。まったく手間をとらせてくれるな」
「さようで」
「どうすれば読める? 解読用の何かがあるのだろう」
「例のモノクルではないかと」
「国家博物館に展示されているものかね?」
「ええ」
「まったく持って煩わしいな。我々は怪物と戦うためにいるのではない。新たな軍事技術を確立するのだ。新兵器だよ。牧野くん、君はそこを履き違えてはいるまい?」
「もちろんです。しかし、魔術と科学の融合とは、よく思いついた……いや、どうやってお知りになったんです? 私もこの仕事をするまでまったく」
「知らなかったと?」
「ええ」
「それは企業秘密だよ。だが、魔術が存在するとなれば話は簡単だと思わないかね?」
「まぁ、そうでしょうね。術式を腕や背中に刺青で施していたものを、遺伝子単位で施せば何重にも強化できるはず、というわけですからね。ただ、それにはまだ欠陥あるのでは?」
「さあ? ただの勘ですので」
「とにかくだ、君には早急に書の完全解読をしてもらいたい。期待しているよ」
「承知してますよ」
そこまで会話が進んだとき、ドアが開き白衣の女性が入ってきた。長い黒髪を後ろで束ね、メガネはかけているが牧野のように青いレンズなどではなく、至って普通の透明なレンズである。
一見癖のあるような人物には見えないが、牧野には何か嫌な予感がした。虫の知らせなのだろうか、あまり関わりたくないと話してもない相手に思ってしまった。
「博士、ようこそ」
常務が立ち上がって迎えたので牧野も合わせることにして席を立つ。
「ごめーん、遅れちった!」
博士と呼ばれた女性は溌剌とした笑顔を浮かべ、まったく悪びれている訳ではなさそうである。
「牧野くん、先日のバタつきで紹介が遅れてしまったこちらは紗倉博士だ。遺物研究に従事してもらう。等級は君と同じだ。仲良くやりたまえ。座るとしよう」
紗倉博士の前にも、前菜が運ばれてくる。
つまるところ、ここは報告開場であり、この宴に参加しているものたちが力を持っている有力者という訳だ。
ふと横を見れば以前お会いした司教どのが料理とワインに舌鼓を打っているのが見えたが、牧野はそれについて漠然としなかった。
テーブルが分けられていること自体がその漠然とした違和感に真実味を帯びさせてくる
。
「んー、このソウセイジ脂が乗ってて最高だ。ねぇ、葉巻はあるかね。あ、それは?」
「シャンパンでございます」
「もらおうかなー」
そんな牧野の気も知れず彼女は好き勝手にさらに料理を盛り付けさせ、葉巻を要求し、さらにはシャンパンまでつをつけようとしている。牧野もタバコに火をつけた。
「牧野くん、彼女を呼んだことについても理由はある。行動ではなく理由を読むんだよ。私も一本いただけるか?」
「もちろん」
ジッポの甲高い音が鳴り、乗務はゆっくりと支援を吐き出した。
「アメリカンスピリッツか、久しく吸っていなかった。昔はひどい味でな、やはりたばこですら人間は進化させる。紗倉博士、食事一旦はお済みかな? さぁ、こちらへ。ああ、酒と葉巻はそのままで。話が捗るちょうどいい装置になる」
紗倉博士、牧野が椅子へと座り、乗務は前にあるソファへ腰を下ろした。
椅子といっても、目の前のソファのためにあしらわれた革張りの最高級品である。
「さて、今回の遺物の襲撃を受け実に多くの同志を亡くした。だが、牧野くんのおかげで遺物は無事であり特に重要である魔導書、冒涜の書はまだ我々の手にある」
「ええ」
「そこで今後についてだが、遺物関係の部門を統合する。各主任を務めてくれ。牧野くん、警備は芳賀くんだったかな?」
「そのようですねえ」
「では彼が警備主任だ。通達を頼む」
「は」
「紗倉博士、あだ名は研究部の主任、その中にはもちろん保全も含まれている」
「承知だよぉ」
「さて、牧野くん、君についてだがこの二部門の統括を行なってもらう。硬い表現をしたがつまりは調整役ということでもある。今後、遺物の成果については彼女に報告するように。おめでとう一階級特進だ」
「過分な評価をいただきありがたく存じます」
「これからは私の直轄組織として、報告はこちらへ上げるように」
「かしこまりました。一つ、条件が」
「条件?」
「警備部門にはぜひヴァーニを入れていただきたい」
「……そんなことか、編成はある程度自由に行って構わん。よろしく頼むぞ」
「は」
そうして常務は席を後にした。
残された牧野には、どう言えばいいのだろうか、家庭教師が難しい問題を持ってきて無理やり説明されて輪からされたような、完全に落とし込めていない不完全燃焼な気持ちが燻ったままであった。
「ん! 発言しても?」
「どーぞ、博士」
「そうだ特進したんだ。敬称は必要かな?」
「ご自由に。それでなんです?」
「研究部門としては、既存の兵器の改造についてはある程度、道筋がついてんだけどさ。だけどもぉ問題は人体改造だ。魔力や術式の副作用に耐えられる検体を必要なんだよお」
「それはつまり?」
「成果を上へ報告したいなら探すの手伝ってよー」
「分かりました。お手伝いしましょう。この後研究室へ」
「ありがたやーありがたやー。そこでゆっくり話そうじゃあーないの。私たちの今後についてもさ!」
あ、こいつ2次会行きたいノリでやりやがったなと牧野が悟ったときには既に遅かったようだった。
魔法少女が鬱陶しい!!!私の順風満帆怠惰ライフを返しやがれえええぇぇぇ!!!と心の底から叫びたい 蝋燭澤 @rousokuzawa
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