永遠と友情

ゼフィガルド

お題は『絶望』

 街中。そこではファンシーにデフォルメされた、巨大なトカゲが這いずり回っていた。見た目の大きさと反して体重は軽いのか、人に当たっても吹き飛ばすような事も無く。むしろ、クッションの様にフワフワとした感触であった事もあり、触れた人は近くの壁に凭れ掛かって居眠りを始めてしまう有様だった。

 そんな混沌とした様子をビルから見下ろしているのは、ピンクのフリルスカートにブラウス。白く透き通るような柔肌に腰元まで伸びた髪に切れ長の目は、まるで造形師が誂えた人形の様でもあった。


「行くよ」


背中に、白鳥を彷彿とさせる白い羽を生やすと。優雅に空を滑るようにして降りて行き、トカゲの背中に乗ると。先端に桃色の輝きを放つダイヤを取り付けた杖を翳した。


「頑張れー! アメヤちゃん!」


 その方には猫をモチーフにしたであろう、手の平サイズの二足歩行のマスコットキャラが感情豊かに応援していたが、さして意に掛ける事も無く。作業を続行していた。


「ニーダーシュラッゲン!」


 掲げた杖の先端から電気が迸り、巨大なトカゲの全身へと流れてゆく。すると、その巨体は萎んでいき、最終的には手のひらサイズになったトカゲと。その近くに飴玉が転がっていた。

 壁に凭れ掛かっていた人達が眠りから起きる前に、その現場から飛び立った。残された人は戸惑うばかりであったが、やがて元の思考に則るかのように直ぐに日常へと戻って行った。


~~


「やったね。アメヤちゃん! これで50個目だ!」

「そっか。そんなに集めていたんだ」


 先程の姿とは打って変わって、着ているのは地味なパジャマだった。部屋内はアイドルや魔法少女のアニメのポスター等が飾られていた。それらを眺めながらマスコットは力説した。


「もっと誇るべきだよ! これだけ沢山集めたのは、僕達。ジャーニー達のコンビ以外に居ないんだから!」

「でも。僕、もうじき中学生だよ? いつまで続けられるのかな」

「それはアメヤちゃんの心次第だよ!」


 フワフワと浮きながら接近したジャーニーはそのまま、その白い柔肌にキスをして、その表面を舐め回していた舌があってはならぬ物に触れた。


「やめてよ。君が舐めた所、バナナみたいな臭いがするんだよ」

「あ、アメヤちゃん。髭が生えちゃっているじゃないか! 早く抜かないと!」

「オフッ」


 口周りに生えていた、僅かな髭を全力で引き抜いた痛みに思わず呻き声が漏れた。一方、引き抜かれた毛はそのままジャーニーが飲み込んでいた。


「全くふざけている。なんでアメヤちゃんに髭なんて生えて来るんだ!」

「そりゃ。僕が男だからでしょ」

「ムキィイイイイイイイ!!」


 激昂するマスコットを他所に、彼はズボンを下ろした。そこには皮に包まれたペニスがあり、その傍には髪色と同じ白色の陰毛が1本だけ伸びていた。

 それを見つけたジャーニーはこれまた引き抜いた後、飲み込んだ。生殖器近くだったという事もあり、その刺激を受けて僅かに屹立していた。


「ちょっと。今の気持ちよかった…」

「ふざけた事を言わないで! アメヤちゃんは魔法少年なんだ。それが、髭もジョリジョリしてお股の毛もボーボーになるなんて僕は耐えられない!」


 よよよとフラフラしながら部屋内を飛び回り、魔法少女のポスターに張り付いた。ちなみにここにあるポスターの数々は全てジャーニーの物であり、アメヤの物は一切貼られていない。


「じゃあ、次の魔法少年を見つけて来れば良いんじゃ」

「アメヤちゃんは僕を見捨てるって言うのかい!?」

「そう言う訳じゃないけれど……」


 実際、魔法少年になってから受け取った恩恵は大きく。それは家庭不和の修復であったり、経済状態の回復だったり。多岐に渡っていた為、彼は何も反論することが出来ずにいた。しかし、その戸惑っている様子を見て。ジャーニーもまた傍と気付いた


「あ。ごめん……。つい、カッとなっちゃって」

「僕も悪かったよ。次を見つければいいだなんて。今まで、ずっとピーターにはお世話になって来たのに」


 目尻に涙を浮かべたジャーニーはアメヤの胸元に飛び込んで、猫がするように頭をグリグリさせていた。昔は全身で受け止めていたが、あの頃と比べて大きくなった体では、すっぽりと腕の中に納まる程になっていた。


「うぅ。寂しいけれど、こうしてアメヤも成長していくんだね」

「うん。でも、ピーターと過ごした日々は、僕の中で忘れられない宝物になるから。だから、君にも忘れないでいて欲しいな」


 体は大きくなっても、そう語る声色は昔の様に優しかった。それは何時か訪れる、子供が大人へと向かっていく過程であり。長年付き合って来たコンビとしては受け入れなければならない運命であり、それはお互いの為でもあった。


「……そうだよね。うん。僕も君から離れる準備をしないとね」

「と言うと?」

「引継ぎとかそう言う。まぁ、ちょっとだけ煩雑な手続き」

「僕は何もしなくても大丈夫なの?」

「必要になったら呼ぶよ。その時はお願いね」


その申し出にアメヤは快く答えた。それから、二人は今までの活躍を振り返りながら語った。その思い出話に安堵したのか、今まで抱いていた不安も投げ捨てて。ジャーニーはスヤスヤと寝息を立て始めた。そして、それに釣られるようにしてアメヤも静かに瞳を閉じた。


~~


 引継ぎの為に一旦、職場へと帰って行ったジャーニーは報告も終えて、アメヤの部屋に到着した。その拍子にふと、昨晩に語っていた思い出話の影響もあり。小さい頃にしたビックリさせる悪戯をしようと考えて、ベッド近くの本棚にコッソリと隠れて機を窺っていた。

 やがて、部屋の扉が開いたかと思えば。入って来たのはアメヤだけでは無かった。同じ年頃の、至って普通に可愛らしい少女も一緒だった。


「(友達かな?)」


 ジャーニーだって、四六時中。アメヤと一緒に居る訳ではないが、それでも友人を家に招いたことは一度も無かったと記憶していた。


「アメヤ君。本当に大丈夫なの?」

「うん。今日はお父さんもお母さんも居ないし」

「(あ。お母さんとの約束を破るつもりだな!)」


 アメヤの両親は今でこそマシになった物の、世間一般では『厳しい』と言われる部類に当たり。一日のゲーム時間も決めていた。しかし、ジャーニーはそんな様子も微笑ましく見守るつもりでいた。


「(でも。二人だけの秘密にしてあげるね)」


 しかし、アメヤはゲーム機へと向かわなかった。二人で並んでベッドに座ると、そのままお互いに顔を近づけて、唇を重ね合わせていた。二人の間で舌や唾液が躍っている光景をただ茫然と見ていた。


「んむっ……ふっ」


 衣服を開けさせる。アメヤの胸部に膨らみは無い。当然だ、男なのだから。そんな彼が必死に相手の胸を弄っている。股間を膨らませている。長い白髪が彼女の顔に掛かる。互いの股間に手を入れて必死に動かしている。


「(……)」


 止めどなく不快感が込み上げて来た。魔法少年として活躍して来たアメヤの輝かしさが、美しさが、二人の友情の足跡が全て否定されたように思えた。

 人々を救い、夢を与える存在が。股間の欲望一つに突き動かされている有様がジャーニーを悉く激怒させた。噛み締めた歯の隙間からは、言葉の代わりに血の混じった唾液が溢れた。しかし、その怒りを忘れない様にと、一部始終を最後まで見届けた。


~~


 全てが終わった後。アメヤは疲れ果てたのか、小さく寝息を立てていた。昨日とは変わらぬ寝顔だが、愛しさは転じて憎悪へと変わり果てていた。

 マスコットとしての外見を捨て去る様に。その口を蚊の口吻の様に変形させて、彼の体に突き刺して何かを注入していた。それを体の何か所にも注入していた。


「(大丈夫! ジャーニーはアメヤの一番の理解者だから! ちょっと、本能に負けちゃっただけ。でも、直ぐに立ち上がれるのを知っているから!)」


 魔法少年として。アメヤとして。今まで立ちはだから困難に挫けても必ず立ち上がることを知っているからこその。その支えになりたいという善意が彼を突き動かしていた。そして、作業が終えた後は。変わらぬ笑顔を浮かべていた。


「(よし。書置きを残して。っと。また会いに来るね!)」


 そして、彼が帰って来たのは、1ヶ月ほど経った頃だった。引継ぎや次のパートナーが決まった事を報告しに部屋へと飛び込んで来た時、余りにも変わり果てた様子に言葉を失った。

 部屋に張り付けられたポスターは全て破り捨てられていた。ベッドにはグッタリとした様子のアメヤが横たわっており、急いで駆け付けた。呼吸などには問題はない様だった。


「ど、どうしたの!」

「畜生。僕の体がおかしいんだ」


 服を開けさせると。その胸は僅かながらに膨らんでいた。体はやせ細っていたが、心配していた体毛は余り生えている様子が無く。ジャーニーは安堵の溜息を洩らしたが、その様子がアメヤには引っ掛かった。


「大丈夫だよ。何もおかしくはないから」

「今、なんで安心したような溜息を吐いたんだ? こっちの方も元気が無いって言うのに」


 ズボンを開けさせた所で現れた陰茎はまるで起つ様子が見当たらなかったが、そうなることを分っていたかのように頷いていた。


「良かった! これで、アメヤは魔法少年のままでいられるよ!」

「……は?」

「実はね。この間、アメヤが女の子と恐ろしい事をしているのを見てしまったんだ。とても気持ち悪かったよ」

「何を、したんだ?」


 震えながらも声を絞り出すアメヤとは裏腹に、ジャーニーの声は何処までも明るかった。まるで、いつもと変わらぬ様子だった。


「実はね。ちょっと特別な『女性ホルモン』を注入したんだ。偶に拾う飴玉を改造した奴をね。アメヤの体にそんな物を入れるのは心が痛んだけれど。そのお陰で、君の中の邪悪はやっつけられたんだよ!」

「元に。戻るん。だよな?」

「数十年もしたらね。でも、その間。僕達はずっとパートナーだよ!」


 何処までも無邪気に語る様子を見て。アメヤは何も言わずに杖を持って来た。それを見て魔法少年としての活動をするのかと思ったジャーニーは喜び勇んだが、次の瞬間。彼の頭に向けて、それは振り下ろされた。


「い、痛いよ! 何をするの!?」

「死ね。死ね! 死ねよ!!」

「やめてよ!」


 何故、彼がそこまで怒るのかが本当に理解できないといった様子で。ジャーニーは部屋の窓から出て行った。残された扉からは、聞いた事も無い様なアメヤの絶叫が延々と続き、やがて彼の家の前に黄色い救急車がやって来て。何処かへと運ばれて行った。


「アメヤ。僕と魔法少年をするのが、そんなに嫌だったのかな……」


 ポロポロと涙をこぼしながら、ジャーニーもまた。誰にも見知られないまま、次の相棒となる者の元へと向かうのであった。

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永遠と友情 ゼフィガルド @zefiguld

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