第32話 旅立ち
「この魔法は俺達魔族がこの大陸に侵攻する直前に教えられた。なんでも使うと身体機能が一時的に著しく上がるとか言われてよぉ、使用中に魔力が切れたときのこととかについては特に何も言われなかった。まぁそもそも人間相手にそんなもの使わなくても勝てるってのが大方の魔族の意見だったからあんまり深く聞かなかったってのもあるがな」
「それでこうやって追い詰められていざ使ってみたらこのざまだったってこと・・だ。正直情けねぇよ、人間相手にこんな魔法に頼らなきゃならなくなった俺に・・・俺はもう長くない。なんとなくだが分かる。じゃあな・・次は負・・・」
言い終わる前に魔族の男は息絶える。目の前にいた男がさっきまで暴れていたなどと言っても誰も信じてはもらえないだろう。
「ふぅむ、魔族が同族相手にそんなに危険な魔法を教えていたとはね。もちろん私達がいなければこんなもの使う必要はなかったんでしょう。なんだか可哀そうなことをしてしまったかしら?」
「いやいや、そんなことありません。魔族は普通に私達を殺す気満々だったんですよ。同情なんてするもんじゃないですよ、マリー様」
「まぁ全く同情の余地がないわけじゃないけど・・・とりあえず脅威は去った。この大陸にいる魔族側の主な戦力はこれで排除されたはず。だが、まだ今回の問題は解決していない。そんな感じはするんだ」
魔族が最期に残した言葉、この意味は何だったのか。それを知りに行かなければいけないかもしれない。が、今は凱旋だ。
王都へと戻ろうとした俺達、だが王都から逃げるようにこちらへ向かって来る一人の男がいた。その男を見た王女は咄嗟に声を出す。
「あの男、逃がさないで」
俺は突然のことに戸惑ってしまい初動が遅れるが気づいたときにはギュンターさんがその男を取り押さえていた。もしかしてそういうの慣れてるのか?
そしてその男を追いかけていたであろう数人の兵士がこちらへとやってくる。逃げてきた男は身軽な格好をしていたが兵士たちはある程度重武装をしているため息を切らしている。
「あり・・・がどうございます。先の戦いで牢屋の一部が・・破壊されてしまって逃げ出したんです。今は町全体が混乱しているので我々と一緒にこの男を見張ってもらえないでしょうか?」
「いや、この男は国王陛下の下に直接連れていきます。貴方達もついてきなさい」
「何者だ?今陛下は忙しいのだ。無礼なことを言うとお前らも牢行きだぞ」
兵士達と睨み合いになる。しかし、そんな状況はある男の登場ですぐに終了する。
「まぁ待て、職務に忠実なのは結構だが今回はその者の言うことに従ってはくれぬか?」
「あ、貴方は・・・失礼しました。陛下自らここまで来てくださるとは。しかし、ここはまだ危険です。城内へとお戻りください」
「ほっほ、今はこの者たちの近く程安全な場所はなかろうて。そして儂はその男とこの者達に用がある。この国の重鎮をここへと集めてもらえぬだろうか?」
「ははっ、わかりました」
そう言って兵士たちは慌ただしく駆け回る。復興もあるというのに熱心なもんだ。
「・・・さて、お主が今ここで取り押さえられている理由、それはわかるな」
「全く身に覚えがありません。私は魔族の襲撃が怖くて王都から離れようとしただけです」
「もっと直接言った方がいいかのう、では魔族に会談の情報を流したのはお前だな。否定しても無駄じゃ。お主が魔族と連絡を取り合っていたことの証拠は上がっておる」
「・・・それは誤解です。誰かが見間違えたのでしょう。大体、魔族に手を貸して何の意味があるのですか?今こうやって私のいる王都に魔族が侵攻してきた。自らを危険にさらすような愚か者ではないことは陛下もご存じのはずです」
王様はため息をつく。いくら言っても自ら認めることはないだろう。もし認めてしまえばどのような理由であっても即刻死罪となってしまうからだ。
「では、我が娘含む一行の生存者がお主以外にいるとしたら?」
「まさか?私以外は全滅した・・・報告した通りです。陛下と言えど嘘はいけません」
王様はマリーめがけて何かの合図をする。そして周りに重鎮が集まってきたこの場でとうとう面をはずす。
「う、嘘だ。生きているはずがない。あの状況で生きていたのは俺だけなんだぁー。こいつは偽物だ」
男は明らかに焦っている。そして周りにいる人達、具体的には俺とサラを除く全員が驚いている。
「いいえ、本物よ。疑うというならそうね・・・これでどうかしら?」
王女はグナイ王国との条約を結んだ際に使った魔法と同じ魔法を発動させる。
「今あの場にいた人は貴方以外いないけどグナイ王国に行けば一発でわかるでしょう。これでも言い逃れしますか?」
王女の魔法を見た男は観念したようだ。そして兵士に連れられて牢へと連れていかれた。聞くところによると魔族との関係について一通り吐かせたらそのまま死刑になるようだ。まぁ、こんなことをして許されるわけはないよな。
「今回のことでお主らの活躍がなければ我が国、いや人間の未来は暗いものになっていたであろう。本当に感謝する」
「おう、色々褒美を楽しみにしてる・・・と言いたいところだが今すぐには厳しそうだな。この王都の復興が終わったらにするか。今無理に要求したら貰えるものも貰えなくなりそうだしな」
「寛大な判断感謝する。1か月程待っていただけたら望むものをそなたらに渡すと約束しよう」
「おう、じゃあまた1か月後にあんたのいるところに行くからそれまでに復興終わらせとけよ。さて、それまでの間どうするかな」
「そのことなんだけど・・・私は王都に残ってやらないといけないことがあるの。もしどこかに行くって場合はいけないからね」
「お前は王女って立場もあるからこれから忙しくなるんか。まぁ今までも忙しかったし変わらないか」
「どうしようかしら、マリー様が王都にいるってわかってても公務とかで忙しそうだから1か月くらいならユウタと一緒に暇つぶしでもするかな」
「ほんとぶれねぇなぁ。まぁ一緒にいてくれるって言うなら嬉しいけどな」
「・・・俺は主のところへ一旦戻る。短い間だったがお前達と戦えて色々学べるものもあったしな。じゃあ1か月後また会おう」
「おう、元気でな」
ギュンターさんはふっ、と言うと王都を出てスラムの方へと向かっていった。彼の助けがなければ今回の件、どれほどの被害が増えていたかわからない。俺がスラムに行ったことが巡り巡って彼との関係を作り、俺達を助けることになった。
(最初の予想とは違う形になったがサラに言われた通りやることが全部駄目ってことはないんだな)
俺達はその日は王都に泊まったが次の日には旅立った。その際に国王から国境をスムーズに通れるパスを俺とサラ2人分渡された。
「これ結構高いやつじゃない。一般人が持っていることはまずないレベルの物だわ。王様、本当にこんなものを貰っていいのですか?」
「そなたらは救国の英雄じゃ。このくらいなんでもない。1か月あるんじゃユウタ殿にはこの世界をゆっくり見てきてほしい」
「ありがとよ、王様。大事に使わせてもらうぜ」
そうして俺達は王都を後にする。王都が見えなくなった頃マリーの声が聞こえてきて振り返る。
「ちょっと待ってぇ。この魔石なんだけど・・・ちょっと貸してくれる?」
魔の森で手に入れた魔石はまだ捨てていない。安易に捨てると見つかってしまうリスクもあるので捨てる場所は慎重に選ばなければいけない。
「いいけど・・・、何に使うんだ?」
「ちょっと待ってね・・・はい、これでよし」
王女は収納魔法を込め溜め石を俺達に返す。
「1か月経ったら私が収納魔法を使うからその時に異空間に居れば王都まで一瞬ってわけ。戻ってくる時間は考えなくていいから楽しんできなさい」
わざわざこんな場所でしなければいけなかった理由はこの魔石の存在を他の人に見られないためだろう。だからこのタイミングでするしかなかったのだ。
「あー、そういえばまだこの魔石にお前の収納魔法残ってなかったか?」
「・・・もう、そこはわかってても触れないで上げるのが優しさですよ。それにここで話し合わなければマリー様が1か月後のタイミングで収納魔法を使わないでしょうし」
「いや、すまんすまん。まぁ予備はもう残ってなかったし旅できる距離が増えるのはとてもありがたい。最後まで気の利いたことができるのはやっぱすげぇよ」
「ふ、ふん。戻ってくるまでにその世間知らず直しておくのね。サラも頼むわよ」
「任せてください!ユウタを一人前にしてみせます」
「じゃあまた。今度こそお別れだな」
王女との別れは寂しいがもう会えないというわけではない。今度会ったときは一緒に冒険できるだろうか。
俺の知らない世界がまだまだある。俺達はもうこそこそしなくてもいい。堂々とこの世界を巡っていこう。
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