満月の夜のたくらみスープ
藤白マルメ
第1話夜のほかほか
「ニーナ!ニーナ!」
配下から主人の呼ぶ声が聞こえる。ニーナは持っていた空の洗濯かごを机に置くと、
「はーい」
と返事をして螺旋階段をかけおりた。
夜はとっぷりと更け、月明かりと配下に置かれたランプが、木のうろに作られた部屋を照らしている。
主人、シュクリ・シュクララは“ひとしずくの森”を司る主だ。その名の通り、小さい森ではあるが、太陽や月の光と共に、森に生きるものたちのために、彼女は生きる力を与えている。植物の花を咲かせ、実らせる、大地の女神である。獣耳族のニーナは、そんな主人の生活を支える使用人として働いている。種族や身分関係なく、誰にでも愛情深く、朗らかに接する主人を、ニーナは使用人の立場ではあるが、尊敬と親しみを込めて『シュシュさん』と呼んでいる。
ニーナが階段を降りると、主人は豊かな髪を結わえ直しているところだった。
「お呼びですか、シュシュさん」
シュシュはニーナの質問には答えず、楽しくて仕方がないといったように、身体を揺らし、柔らかな指を胸の前で組み、
「さ、さ、ここに座って頂戴」
と言うと、椅子を引いてニーナを着席させた。
「失礼します・・・」
机には白磁のティーポットが一つと、ガラスの透明なティーカップが2客置かれている。どちらもシュシュの一等お気に入りの代物だ。
「シュシュさん、ティーポットとカップの種類が違いますが・・・」
「いいえ、これはこれでいいのよ」
ニーナの指摘にも、やんわりと制すると、うふふ、うふふと笑うばかりだ。
(何をお考えなんだろう)
ニーナは少し思案しようとしたが、すぐに考えることを辞めた。考えて当たった試しはないし、何より、こういう『良い考え』を披露するときのシュシュは、この世で一番楽しいというような顔をしている。仕える主人が楽しいのなら、良いことではないか。
「これから素敵なショーをお目にかけますわ」
咳払いをしたあと、シュシュは大仰に手を広げると、胸に手を当て、深々と腰を折って一礼した。恐らく、昨日夢中になって読んでいた、奇術師を題材にした画集に影響されたのだろう。
「このカップを、よおく見ておいてね」
手で指し示したティーカップの底には、下のテーブルクロスのアイボリーと、同じ色の模様が溶けるように透けて見える。その模様をめがけて、ティーポットから静かに中身を注いだ。
(綺麗な青色・・・)
透き通った透明なカップから、澄んだ青色が揺らぐ。この色をニーナに見せたくて、わざわざ白磁のティーポットと一揃えのカップではなく、中身のよく見える透明なガラスカップを用いたのだろう。シュシュに視線を向けると、にこにこしながらニーナをのぞき込んでいた。
「とても綺麗な青色ですね」
「そうでしょう、そうでしょう。世にも珍しい青色ですのよ」
我が主人は、すっかり奇術師の気分だ。
カップに鼻を近づけてみると、レモングラスのような香りが立ち上がった。注がれたのはハーブティだろうか。
「レモングラスの香りがしますが・・・なにかのハーブとブレンドしたんですか」
「ご名答~!」
シュシュはパチパチと手を叩いた後、くるりと一回転して、ニーナの目の前になにかを差し出した。
「オウギチョウマメ、というのよ」
シュシュの手のひらから差し出されたのは、注がれたハーブティより少し色の濃い、青の花をつけた蔓植物だった。
「オウギ、チョウマメ、ですか」
「そうよ。青色のお花が綺麗でしょう」
「この花弁を煮出したんですか」
シュシュから受け取ったオウギチョウマメの花を手で包み込む。植物特有のちいさな毛が、慎ましやかに手に当たった。そっと香りをかいでみると、青っぽい、豆の香りが少しする。
「そうなのよ。ほら、見て」
そういうと、シュシュは一度ニーナに手渡した葉を一枚手に取ると、ランプの光に葉を透かして見せた。
「葉に文様が出ているでしょう」
葉脈がランプの明かりに当たって、扇のような波状模様を作り出している。オウギチョウマメ。その名の通りだ。
「育った地域によって、微妙に模様が変わるのよ。葉脈が扇の形なのは、同じなのだけれど」
シュシュが、ニーナの手元にオウギチョウマメの葉を戻す。ニーナは、その一枚をつまむと、改めてランプの光に当てた。
「夜、月の光でね、淡く模様が浮かび上がるの。透かすとよく見えるのよ」
「夜行性植物ですか」
月の光をいっぱいに吸い込んで生きる夜行性植物は、この森にも多く生息している。月下で花を咲かせるもの、淡く光るもの、夜に実をつけるものと様々だが、昼行性植物の一日を引き継ぐように、夜の森を守るものたちだ。
葉の向きを少し変えてみると、葉脈が光に反射して光る。ぎらぎら、というよりは、吸い込んだ光をぼんやりと、霧が拡散するように広がっていく。
「さあて。最後に、もっと驚きのショーをお目にかけますわ」
人差し指を立てて得意満面に言うので、ニーナは慌てて葉を机の上に置いて、シュシュの方へ身体を向きなおした。シュシュが机の上におかれたランプの明かりを消す。部屋に差し込む月の光が、銀色に部屋を照らしていく。そういえば、今日は満月だ。目が慣れてくると、月明かりに照らされたシュシュがなにかをもっているのが分かる。
と、ガラスのカップが仄かに青く光りはじめた。
(発光するのか!)
深い青色が周りを柔らかく包むように照らしている。夜の銀色の世界と溶け合うような淡い光に、ニーナは思わず息を呑む。
「そして、仕上げにこの、“摩訶不思議な液体”を入れるのよ」
光を受けてぼんやりと浮かび上がるシュシュの手に、小さな片口の器があるのが分かる。シュシュは、器の注ぎ口からそっと、中の液体をガラスのカップに注いだ。
青いハーブティーは注がれた液体と混ざると、たちまち紫色に変化する。液体が沈殿すると、下からピンク色へと更に色が変化していく。青、紫、そしてピンクへの、3段階のグラデーションが美しい。仕上げとばかりに指でつまんだマドラーで混ぜると、グラデーションがまるで夕焼けのように混ざり合って、ピンク色へ吸い込まれていった。
マドラーが引き上がったところで、ニーナは大きく拍手をした。ショーを終えた演者には、万雷の拍手を持ってそのパフォーマンスを称えるのが礼儀なのだ。
「お見事でした、シュシュさん」
「どうもありがとう、ありがとう」
持っていたマドラーを指揮者の指揮棒のように高く上げると、また深々と一礼した。
「素敵なショーだったでしょう」
ショーを終えたシュシュは満足したように一息つき、ミニテーブルに置かれたランプの明かりをつけると、机を挟んでニーナの正面に座った。
「はい、とても面白く拝見しました。色がとても綺麗に変化して」
ニーナの返答に、シュシュはまた満足そうに頷いた。
「こんなにも綺麗に煮出せるものなのですね。それに、発光するなんて驚きました」
改めてカップの中を観察する。青からピンク色へ変化したハーブティは、ランプの光と呼応して、光をきらきらと反射させている。
「月の光をたっぷり浴びれば浴びるほど、濃く色が出るのよ。布を染めたりも出来るの」
それとね、と言いながら、シュシュは後ろにある書棚から、分厚い植物図鑑を取り出した。ページを繰り、お目当てのページを見つけ、ニーナの前に広げてみせる。
「満月の日にだけ、ああやって光を放つのよ。お月さまが一年でいちばんまん丸になる日には、光るだけじゃなくて、星のように瞬くの」
古い植物図鑑の、示されたページには、大きな月の下で咲くオウギチョウマメの挿絵が描かれている。隣のページには効用などが書かれており、その中に『月の力が一番強くなる日、熱湯で煎ずれば、星の瞬きのように輝く。』との記載があるのが読み取れた。
「飲んでもいいですか」
「ええ、もちろん」
口に含むと、レモングラスの香りがまず鼻に抜けた後、ほのかな豆の香りが追いかけてくる。先ほど直接かいだ、それほど強くはないが植物らしい、爽やかな青い香り。味は酸味が強く出ている。
(シュシュさんの入れた、『摩訶不思議な液体』の正体はレモンか)
オウギチョウマメが煮出されたハーブティは、レモンの酸が反応して、青色から紫へと変化したのだろう。レモンの味を一番に感じられるから、オウギチョウマメ自体に苦い、甘い、といったような癖はないのだろう。
(味や香りと言うよりも、色を楽しむためのものなんだろうな)
レモングラスとレモンとの相性も良く、オウギチョウマメもまた、互いに邪魔を極力しない。さっぱりとして、飲みやすいハーブティだ。
(このハーブティにあう料理・・・)
ニーナの心に、料理をあわせたい欲がムクムクと湧き上がってくる。クリームや脂ののった肉など、こってりした料理に合わせれば、ハーブティはよりその真価を発揮するだろう。
決めた。
「シュシュさん」
ティーカップをソーサーに置くと、ニーナは改めてシュシュの目を見た。
「私も、シュシュさんに、『ショーのお返し』をしてもかまいませんか」
「お返し?なにかしら」
シュシュの目が一気に輝き出す。
「この、素晴らしいハーブティに、ぴったりあう料理をお出ししたいんです」
「まあ、料理?」
目を丸くして尋ねるシュシュ。目の輝きは一層増している。
「お夕飯は食べたから、お夜食という事ね。でも・・・」
目を下に落とし、両手の人差し指ちょんちょんとつつき合わせる。
「食べ過ぎは、良くないわよね?」
“森の主”シュシュにとって食べ過ぎは大敵だ。彼女が摂取する栄養と、森が蓄える栄養は直結している。毒でなければ、食べてはいけないものはないのだが(それが、肉や魚であっても!)、甘いお菓子や、油分がたっぷりの食事を何の制限もなく食べてしまうと、森の植物という植物が養分焼けを起こしてしまう。彼女の栄養管理、食べ過ぎには十分気を配る必要があって、それがニーナの役目でもあった。
今日の夕飯はカブのポトフと黒パンだった。実は昨日、シュシュがケーキの図鑑を眺めながらうっとりとしていたので、明日にでもパウンドケーキを焼くつもりで、糖分や油脂を控えたメニューを組んでいたのだ。明日、ケーキを焼く予定だったことを、シュシュには伝えていない。だから、
(ケーキを焼くのは、また今度にしよう)
ニーナは心の中でつぶやくと、伏し目がちにするシュシュの顔を覗くように、少し姿勢を低くして目を合わせた。
「はい。でも、今日の夕飯は糖分や、油脂をあまり使わないレシピでしたので。明日以降、少し気をつければ、大丈夫ですよ」
しょんぼりした目が、またみるみるうちに輝いていくのが分かる。
「ほんとう?」
「はい。私が調整していますから、安心して下さい」
シュシュは、胸に手を当てて、心底安心したというように大きく息を吐いた。
「そうよね。あなたが良いと言っているのだもの。楽しみだわ、いつ頃できるのかしら」
「1時間ほど、お時間をください。お待たせしてしまい申し訳ありませんが…」
「いいえ、いいのよ。ゆっくり待つのも楽しいのよ」
「ありがとうございます。1時間は超えないよう、頑張りますね」
「そんな、急がなくってもいいのよ…ああ、でも!待ち遠しいわ!」
悩ましい気持ちを吐露するシュシュの言葉に頷いて、ニーナは台所へと入っていった。
「お待たせいたしました」
シュシュの目の前に、出来立ての料理が置かれる。
「まあ、パイ包み焼きね」
ソーサーにのった白い大きなカップの上に、香ばしく焼かれたパイ生地が覆われている。カップから漂う熱から、パイ包み焼きがあつあつであることが分かる。
「食べて良い?」
待ちわびたとばかりに、机から身を乗り出すシュシュに、ニーナは、
「はい。熱いですから、気をつけて召し上がって下さい」
シュシュは、ソーサーに乗ったスプーンを手に取り、少し戸惑うようにカップの上でスプーンを停止させた。
「ええと・・・どう食べるのが良いのかしら」
「そうですね、パイ生地をざっくり割って、中のものと一緒に召し上がるのがいいかと思います」
「わかったわ」
こんなに綺麗に包まれているのに、破いてしまうなんて勇気がいるわね、とつぶやいた後、シュシュは意を決したようにスプーンを持ち替え、
「えいっ」
パイ生地が破られた瞬間、生地にせき止められていた湯気が、香りとともに一気に広がっていく。
「なんて良い香り!」
歓声を上げるシュシュ。
「中のものと一緒に食べるのが良いのよね?」
「はい、割って下に落ちたパイ生地と、中のものを絡めて・・・」
「こうかしら?」
中から取り出すと、翡翠色と黄色のマーブル模様の、とろみのついたスープに浸ったパイ生地が現れた。
「まあ、緑と黄色が綺麗!」
「とても熱いですから、よく吹いて、召し上がってください」
ニーナの言葉に頷いて、ふう、ふう、と何度も息をパイ生地に吹きかける。そうして、湯気が薄くなったことを確認すると、恐る恐る口へ運んだ。
「とっても美味しいわぁ」
シュシュが、スプーンで掬った後のカップを覗くと、崩された黄色い黄身と、ぷるぷるの白身が見える。
「卵が入っているのね。この緑はなあに?」
「ソラマメのペーストを、ミルクとコンソメで伸ばしたものです。パイ生地にバターをたっぷり使っているので、くどくならないよう、クリームではなく、ミルクで伸ばしています」
「バターの良い匂い!この薄緑は、ソラマメなのね。そして、この卵の黄色といったら!お月さまの光のようだわ」
黄身と緑が混ざった、若い葉のようにみずみずしい色のスープをうっとりと眺めた後、ぱくりと口へ入れた。
「シュシュさんの入れて下さった、オウギチョウマメのハーブティにもあうと思います。同じマメ科の植物ですので・・・」
「やってみるわ!」
ソーサーにスプーンをそっとおいて、ピンク色のハーブティを口に含む。
「あうわ!とっても!」
シュシュが嬉しそうにニーナに報告する。
「レモンベースのハーブティですし、口がさっぱりするかと思います」
「本当ね。いくらでも食べられてしまいそうよ」
今度はスープだけを掬ったシュシュは、目を瞑ってスープを口へ運ぶ。
「ああ、美味しい・・・」
スープを掬い、具を食む手は止まらない。と、
カンッ!
何度目かの掬いに、なにか堅いものが当たる音がした。
「あらっ、なにかしら」
「スプーンで、掬ってみてください」
スプーンと当たって音を出したそれを、シュシュは慎重に取り出す。
「これは?」
ソーサーに取り出すと、スープをはじいてその姿がはっきりと現れる。
「まだ熱いので、手では摘ままないでくださいね」
こっそりと、翡翠色のスープの中に隠れていたのは、小さな陶器製の豆人形だった。
「まあ、あなた、初めまして!こんな所に隠れていたのねぇ」
シュシュは律儀に豆人形に挨拶をすると、ニーナの忠告通り、人形には触れずに目線を下げて、ソーサーを覗き込む。淡いピンク色のスカートに、くるんとした前髪を持ち、目を閉じた少女の小さな置物だ。
「これが、あなたの“ショーの恩返し”なのね」
ソーサーの上の豆人形をひとしきり眺めた後、手にスプーンを持って、また口にスープを運び始める。
「はい。ショーというには、些か地味なものではありますが・・・」
「むぐ、地味なんかじゃ、むぐぐ、ないわ!」
シュシュは頬張った口の中のものを慌てて咀嚼し、飲み込むと、
「このかわいらしいお嬢さんは、どこからやってきたの?」
「少し前に街の朝市に行ったとき、豆人形のお店の屋台が出ていまして。かわいくて、つい買ってしまったんです」
ニーナは椅子を引いて立ち上がると、部屋の隅にあるニーナ専用の机の引き出しから、何個かの豆人形を取り出した。陶器製のそれらは、手で包み込むとそれぞれが当たってカチャカチャと音が鳴る。
「あら、お仲間もいるのね」
「そうなんです。かわいいですよね」
ニーナの言葉に、シュシュがにっこりと頷いた。
「じゃあ、このお嬢さんも、お仲間の元に、戻してあげなければいけないわねぇ」
「いえ、シュシュさんに差し上げようかと」
「えっ!ほんとうに?」
シュシュが驚いて、スプーンを机の下に落としそうになるのを、ニーナは思わず立ち上がってシュシュの腕に手を伸ばす。シュシュはすんでのところでスプーンをつかみ直すと、
「ニーナ、あなたの金貨で買ったものでしょう?」
「はい。でも、もともと、シュシュさんに一人、差し上げようと思っていたところだったんです」
スプーンがきちんとシュシュの手に握られ、シュシュがまたパイ包み焼きを食べ始めたのを確認し、椅子に座り直すニーナ。
「とある地域では、甘い、大きなクリームパイの中に、陶器製の豆人形を入れて、切り分けたパイの中からその豆人形が出てきたら、その人には幸せが訪れる、という風習があるそうなんです」
「素敵な風習ねぇ」
「その風習を聞いて、やってみたくなって。今度パイを作るときに入れて、シュシュさんにプレゼントして差し上げようと思っていたところだったんです。スープがついていますから、きちんと洗って拭いて、改めてお渡しします」
ニーナの言葉に、シュシュは満面の笑みを浮かべた。口の中にあるスープをすべて飲み込んで、ナプキンで口元を拭った後、ニーナの両手を、自分の手のひらで包むように、しっかりと握った。
「嬉しいわ、ありがとう!大切にするわね!」
豆人形の“お嬢さん”が、ランプの光に照らされてつやつやと光る。心なしか、微笑む口がより笑って見える気がする。
「そういえば」
手を離し、自分の揺り椅子に戻るシュシュ。
「あなた、私に、元々この“お嬢さん”をプレゼントしてくれるつもりだ、って言っていたわよね」
「はい」
頷くニーナ。シュシュは、楽しそうに机に頬づえをついた。
「私たち、同じように“たくらみ”をしていたのね」
「そうなりますね」
“たくらみ”とは楽しい表現だな、とニーナは思った。少し意地悪そうなニュアンスがあるけれど、特にニーナの仕掛けた一連のものは、ショーより“たくらみ”がしっくりくる。相手をびっくりさせ、楽しい気分にさせる“たくらみ”だ。
「お揃いね、ニーナ」
「はい、お揃いですね」
二人は、目を見合わせて笑った。
「うふふ、とても楽しかったわ」
「私も、楽しかったです。料理も、満足のいく出来でしたし」
ソラマメとミルクのブレンドも上手くいったし、パイの焼き加減もちょうどよく仕上げることが出来た。何より、主人がここまで喜んでくれたのが嬉しい。シュシュはいつもニーナの作る料理を美味しい、と喜んでくれる。だが、今回の満月の夜の“たくらみ”スープの喜びようは、いつも以上だった。
「とっても美味しかったわ!ごちそうさま」
パイ包み焼きの入ったカップは、すっかり空になっている。
「どういたしまして。気に入っていただけて、何よりでした」
「また作って頂戴ね・・・そうだわ!」
手をぱん、と叩いて、シュシュはニーナに輝く目を向ける。
「こんなのはどうかしら。今度また、月がまんまるに満ちたら、“たくらみ”をそれぞれ披露するの!」
よほど、今日のお夜食が楽しかったのだろう。養分計算が少し大変になるけれど、満月の日は30日に一度。たまには夜食もいいか、とニーナは考えを巡らせる。
「いいですね。たまには夜食も、楽しいものですしね」
「そうよ、そうなのよ!次の日のおやつは、我慢するから・・・ね?」
「ふふ、お気遣い、痛み入ります」
「私も、ニーナをびっくりさせられるように、頑張るわ!」
「はい、シュシュさん。楽しみにしていますね」
元々ニコニコと笑っていたシュシュの顔が、よりくしゃっと破顔する。
「さあて。話が決まったところで、と!」
シュシュが立ち上がって、ランプの置かれたミニテーブルに備え付けられた引き出しを開ける。
「大切なのは、“お嬢さん”をどこに置くべきか、という事よ」
引き出しの中にしまっておこうかしら、それともランプと一緒に飾っておくのが良いかしら。思案するシュシュを横目にみて、ニーナも、カップと“お嬢さん”を洗うため、立ち上がる。
外から差す月の光はますます明るく、ひとしずくの森を銀色に照らしていた。【おわり】
※作者からのおことわり
今回の話で出てきた【オウギチョウマメ】は、ひとしずくの森と、その周辺に生息する植物です。残念ながら、この世の中には生息していませんが、バタフライピーで代用が出来ます(月の光で光ることはありませんが、レモンなどの酸を加えると、青からピンクへ色が変わります)。是非、お試し下さい。
満月の夜のたくらみスープ 藤白マルメ @hujishiro_marume
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