第12話 魔神

 イジィと別れてしばらくしたころ、依頼にあった廃教会であろう建物が、ミィとラーシャの前に現れた。


 「ここが子供のいる教会か……」

 「ミィ、ここからは気を引き締めていくぞ」

 「待て、ここはイジィが戻ってくるのを待つべきだ」


 その言葉に、ラーシャは強い否定の言葉を放つ。


 「そんなことを言っている場合ではない!今回の任務は一刻を急ぐ。もし、子供が瀕死の状態で見つかったらどうする!」

 「それは分かってはいるが、エ……イジィを待って、確実に救出できる状況で入った方が良いだろう?」

 「埒が明かない。もういい、私だけでも子供を助けてくる」


 そう言うと、ラーシャは廃教会の中に入っていった。

 その後姿を見て、ミィは―――美穂は失った呪の法者のことを思い出す。


 『そうやって理屈だけで動いていたら、助けられる命が助けられないよ!』

 『もういい!あんたたちが行かないのならあたしが行く。ギルドにはそう報告しておけ!』


 そう言って、科学の邪神のもとへ単騎で攻め込んだ呪の法者は、数日後科学の邪神が首を持っていたことで、死亡が確認された。


 (ここで一人で行かせて良かったのか?また、シーアの様に見殺しにするのか?)


 そこまで考えて、美穂は否定する。


 「いや、もう理屈で考えるのはやめた。もっと自分に正直に力を使う。―――大丈夫だ。私も法者だ。簡単に負けるわけがない。」


 そう言って、ミィはラーシャに続いて、イジィの帰還を待たずして廃教会に入ってしまった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 俺はミィたちが、廃教会に向かっていったのを確認すると同時にやってきた、狼型の魔物と対峙していた。


 「グルルルル……」


 やはりおかしい。この魔物たちから魔神の気配がする。

 前の世界では、魔神というのは人型が普通だった。邪神たちが、俺達に対する嫌がらせの意味があったのかもしれない。

 魔神とはいえ、人型の―――自分たちと同じ姿形をした存在を、斬って断末魔の叫びを聞くのは大分来るものがあったからな。


 そんな理由もあってか、魔神というのは人型が多い。こんな獣の姿をしているのは初めてだ。


 だからって、手加減をするわけじゃないけど


 「減速【負雷電光域ふらいでんこういき】」

 「ギャン!?」

 「フシュウウ……」


 術式を唱えると、周囲にいた狼型の魔神が、次々と動きを鈍らせる。


 負雷電光域は、自分を中心に半径10.553m圏内の生物の動きを鈍らせるものだ。


 「ギャウ!」


 しかし、しぶとく範囲内にも関わらず、俺に攻撃する魔神がいた。


 ただ、鈍らすというだけで、動きを完全に停止することはできない。しかも、厄介なことにこれは対魔神専用みたいなところがある。

 なんせ、邪神は生物というカテゴリーには入っていないらしく、この技は通用しない。


 「加速【正雷電光域せいらいでんこういき】」

 「ギャシャ!?」


 今度は、俺を襲ってきた魔神が突然爆ぜた。


 種はシンプル。今発動させた術式だ。


 正雷電光域は、負雷電光域と逆で、半径3.5501m圏内の全ての生物を加速させる。

 単純に加速させるのは、速さだけではない。脈拍、血流速度、代謝、全てを大きく加速させる。

 そこで、その加速に耐えられなくなった体が爆発する。それが、正雷電光域。


 「ま、自分は対象外になるとはいえ、敵味方選ばないから、ソロ専用なんだけどな。」

 「「「グルルルル……」」」


 群れの仲間が殺されたことで、残された魔神は俺を精一杯威嚇している。


 こいつらは魔神。世界に害をもたらす存在だ。


 「加・減・雷・掌 四雷式術法しらいしきじゅつほう雷電万掌らいでんばんしょう】」

 「「「グギャアアアアアアア!」」」


 術式を唱えると、上空から雷の掌が落ちてきて、魔神たちを押しつぶした。あまりにも呆気ない終わり方だった。


 まあ、魔神だしこんなものか……


 俺は、すぐにミィたちに合流するために、廃教会に向けて走り出した。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「ミィ、私が言うのもなんだが、付いてきてよかったのか?別に、お前だけでもイジィが戻ってくるのを待っていてもいいんだぞ」

 「別に大丈夫だ。ここでラーシャを一人で行かせて死なれる方が後味が悪いからな」

 「そうか……だが、私は剣聖だぞ。そう簡単には死なないさ」

 「それも、そうなのかもな」


 現在、二人は廃教会の聖堂にいる。

 内装は、物語でよく見る、大量の長椅子とその前に宗教のシンボルがあるというものだ。


 「たしか、信仰シンボルの下に地下通路に繋がる階段が隠されていて、降りた先の長い廊下の2番目の部屋にいると、依頼書に追記されていたな」

 「ミィ、私はその情報を知らなかったのだが?」

 「……イジィが教えてくれなかったのか?」

 「ああ……」

 「なんかすまない」


 二人の間に、微妙な空気が流れる。それでも二人は歩みを止めない。二人共、行方不明の子供を助けることが、第一目的だからだ。


 そんなこんなで、二人は目的の部屋の前に来る。しかし、二人共おかしな点に気付く。


 「なあ、この依頼って、戦闘要員が必須だからと依頼難易度が上がったんじゃなかったのか?」

 「そういえば、戦闘が必要な場面というのは、この教会に入ってから全くないな」


 イジィの件は、二人共イレギュラーとして、カウントしていない。


 「まあ、戦闘もそんなにせずに済むのなら簡単な依頼で終わる」

 「そうだな。さっさと終わらせて、イジィと食事をしたいな」

 「そういえばミィたちはどんな関係なんだ?」

 「秘密だ」


 そんな気の抜けた会話をしながら、二人は目的の部屋へと入る。


 ギイイイ


 古びた扉は、そんな建付けの悪い音を立てて開いた。


 扉を開けた先には、ボーっとしている子供の姿があった。


 「ミィ、捜索対象の子供の名前は?」

 「えーっと、待ってくれ……確か―――」

 「―――リク」

 「そうだ。たしかリク―――うん、そうだ。依頼書にもリクと書かれてる。……え?」


 リクと思われる少年は、特に衰弱した様子もなく、ミィたちの会話も理解しているようだった。


 そんな姿に、二人は安心したのか、リクに近づく。


 「にしても、簡単な依頼だったな」

 「そうだな。なんなら、私はいらなかったのではないか?」

 「そんなことは無い。ラーシャがいなかったら、イジィがいなくなった時、私は不安だっただろうからな」

 「そうか」


 そんな気の抜けた会話をする二人にリクは話しかけてくる。


 「ねえねえ、お姉ちゃんたち」

 「ん?なんだ?」

 「今度はお姉ちゃんたちが遊んでくれるの?」


 リクの質問に、ラーシャは近づいて応答する。


 「いや、違う。君を家族のもとへと帰すんだ」

 「やだ」

 「は?」

 「ママも嫌い!パパも嫌い!お姉ちゃんたちも嫌い!ママは僕を叩くし、パパは欲しいもの買ってくれないし、お姉ちゃんたちはそんなママとパパのもとに帰そうとする。」

 「いや、なにを言って……」


 (まずい、この気配は……)


 ここで、美穂が気付いた。なぜ、リクという子供が元気でいるのか。なぜ衰弱していないのか。なぜ、戦闘要員が必要だったか。


 「ラーシャ、後退するんだ!」

 「どういう……っ!?」


 ラーシャも気付いたのか、後退しようとするも尻もちをつく。


 そして、違和感のする方向に目を向けると――――


 「あ……あ……」

 「お姉ちゃんたち……遊んでよ!」


 ラーシャの右足の膝から下が無くなっていた。


 原因は言うまでもなく、リクだ。しかも、今まさにそのリクの足元が蔓に変異して二人を襲いかかろうとしていた。


 「散催【無限道路むげんどうろ】」


 そのラーシャに対する追撃を、次元式の術で動きを止め、ラーシャを救出する。しかし、入って来た扉から出ようとするも、びくとも動かない。


 (外側からしか開けられない扉。もしくは、完全な罠……。クソ、エイジさえいればこの状況をひっくり返せるかもしれないのに……)


 後悔先に立たず。ミィは、イジィを抜けさせたことを後悔していたが、そんな暇はないと、すぐにリクであるものに向き直る。


 「ラーシャ、出発前に買ったポーションだ。これで傷くらいは塞げるはずだ」

 「それ、私が金払ったんだけどな……ありがとう。おかげで失血死することはなさそうだ……」

 「待っててくれ、私があいつを倒す」

 「なに言ってるんだ。ここは一旦引いて、討伐隊を組むべきだ」


 ラーシャはそう言うものの、今の状況がどれだけまずいかは、ミィ……いや、次元の法者である亜希永美穂が、この場で一番理解している。


 「そんなことを言っている場合ではない。今ここで確実に殺す」

 「だから、討伐隊を組んで……」

 「それじゃあ、遅いんだ」


 ラーシャの言葉を、強い否定の言葉で抑える。それだけ、今の状況はまずいという事


 (この気配、完全にそれだ。だが、本当にリクという子供なのか?前の世界で、人がなるという報告は一切聞いたことがない)


 そんなことを考える美穂だが、意識は目の前のナニかに向けられている。


 「もう一人のお姉ちゃんが遊んでくれるの?ねえねえあーそーぼー」

 「悪いが、お前が魔神である以上、この場で殺させてもらう!」

 「えー、殺しは良くないって、ママに教えてもらわなかったの?」

 「それは、『人』殺しがダメなだけだ。邪神の手先のお前らなら、話は別だ。

 束催【零道路ぜろどうろ】」

 「うわっ!?」


 次元式

 亜希永美穂の法者としての力。

 その中の術である、【無限道路】と【零道路】は、視覚的距離と実質距離に差を与えるものだ。


 【無限道路】は、視覚的距離よりも実質距離の差を引き延ばし、到達時間を大きく遅らせるもの。

 反対に【零道路】は、前述の距離の差を極限まで収束させて、到達時間を大幅に早めるものだ。


 今美穂は、後者の術で魔神との距離を大きく縮めたのだ。


 「ふんっ!」

 「うわっ!?―――すごいすごい!お姉ちゃん速いね!」


 そして、美穂のユニーク武器である、次元呪刀【シーアの心】で、魔神の蔓を斬る。


 「なにその武器?目ん玉が描いてある!」

 「これは、私の親友の頭から錬成された小刀だ。お前のような下衆を殺すための【シーアの心】という銘の武器だ」

 「人間の頭から出来てる武器?それ、欲しい!」

 「あげるわけがないだろう?頭まで腐ってるのか?」

 「馬鹿にするな!」


 (魔神ではあるが子供のようだ。もしかしたら、リクという子供の人格をコピーして作られた魔神なのかもな)


 冷静に相手の魔神について分析を進める美穂に、無数の蔓が襲い掛かる。


 「斬催【空間抜刀くうかんばっとう】」

 「オラオラオラァ、これなら楽しんでくれるかぁ、お姉ちゃん?」

 「まだまだ、術の錬成が足りない。これなら、他の魔神の方が強い」

 「なにを言ってるのさ。僕のこの力は、僕しか持ってないんだよ?」


 その言葉に美穂は、溜息をつく。


 (ガキが……)


 ラーシャの治療もあるので、美穂も本気で行くための術を発動する。


 「合催【呪術装甲じゅじゅつそうこう

 もう話すことはない。お前の言う、お遊びもここで終わりだ」

 「なにそれ?真っ黒な鎧、カッコいい!」


 【呪術装甲】とは、シーアの心を作る際に生まれた副産物だ。


 精錬の過程で、髪の毛が硬質化し、鎧としての役割を果たせるようになり、美穂が装着することで、飛躍的な身体能力の向上が見られるが、この鎧の名前に含まれる呪というの文字の通り、この鎧はシーアの強い残留思念が残っている。


 長時間の装着は、暴走の危険があるものだ。


 「いくぞ!魔神!」

 「もっともっと僕と遊んで楽しませてよ!」

 「散・束・斬・呪 四次元領域【無明戦場路むみょうせんじょうろ】!」


 術の完成とともに、美穂を中心に空間が染まっていく。


 そうして完成した領域は、その場を地面から死体の手が飛び出して、赤い空をした空間へと変貌させた。


 「なにここ?面白くない……もういいよ。お姉ちゃんも僕を楽しませられないんだ。だから―――死んでよ」

 「ふっ、無駄だよ。お前は私に届かない」

 「あ、あれ?動けない……」


 そう、これが美穂の作った領域の効果。術の効果によって相手は動けなくなるのだ。


 「この領域内は、四次元の世界だ。」

 「よじげん……?」

 「現実世界は、三次元の世界と仮定されている。だから、四次元にあっても、三次元に存在しないベクトルがある。

 お前は魔神、人間を超えた存在であっても、三次元の世界の住人だ。だからお前はいま、三次元に存在しないベクトルを進むことが出来ない状態だ。だから、私との距離を縮めることが出来ない。」


 (この領域は強力だが、その代わりにも欠点はある。この空間では、四次元未満のものは動けないが、それより高次元のものでも、あるべきはずのベクトル情報が消え、破壊状態になる。)


 それなら、二次元以下の領域を使えばいい。そう考えることもできるが、それは出来ない。

 美穂の生きていた世界が三次元故に、美穂は三次元以下の領域を使うことが出来ない。


 (そして行動不能の対象となるのは、実体のあるものだけではなく、技にも適用される。故に、技も、領域と同次元の技を放たなければならない)


 「散・束・斬・呪 四次元活殺【塵塵刀衆じんじんとうしゅう】」

 「ギャアアアアアアア!」


 【塵塵刀衆】によって放たれた、4つの次元を切断する斬撃が、魔神に炸裂する。すると、魔神は断末魔を上げながら、崩壊していく。


 「僕は、ただ遊びたいだけなんだ!僕は……ぼくは―――」

 「お前達の遊びは、遊びじゃないんだ。大人しく、死んでろ」


 バチバチバチ


 「な、なんだ!?」

 「いやあ、見させてもらいましたよ。あなたの戦いぶり。実にいい実験体モルモットになってくれそうだ」

 「お、おまえは……」


 突如、美穂の領域が破壊され、この世のものとは思えないような姿の存在が現れる。


 「お前は……何者だ……」

 「あなたのことは調べ切りました。剣聖ラーシャ。あなたは特段面白いことは何もない。実験には一切使えなさそうだ」

 「初対面で、ずいぶんな言いようじゃないか」

 「これは失敬。しかし、そちらの方は私がどんな存在かわかるのでしょうか?」


 美穂は、“それ”に苛烈な視線を送るが、自分自身に限界が来ていることに気付いていた。


 バタン


 自分の限界を認識した瞬間、美穂―――ミィは、膝から崩れ落ちた。


 (最悪だ。こんなタイミングで……。いや、魔神が出ている。それだけで想像できたはずだ。なのになぜ、この可能性を無視していたんだ!)


 「おや?もしかして限界ですか?なら、私としても手間が省けて楽ですのでありがたいのですがね」

 「クソ、まだだ、まだやらなきゃいけないんだ。」

 「威勢がいいのは、認めましょう。だが、あなたは運命に見放されたのですよ」


 ドドドドドドドドド


 “それ”がミィに手を出そうとすると、突然、全員のいた部屋が―――いや、廃教会そのものが揺れ始めた。


 「な、なんですか?」

 「ミィ、なにが起きてるかわかるか?」

 「いや、わからない……」


 



 「剛式【豪雷壱掌ごうらいいっしょう】」




 音が部屋に近づいたかと思うと、天井が崩れ、残骸とともに、人影が降ってきた。


 「ば、バカな。外には結界が張ってあったのだぞ!?」

 「あー、あれか?あのひ弱な結界か?あれなら、叩き割って来たぞ!」


 その人影は、余裕で結界を割ったというには無理があるくらいにボロボロになっていた。


 「ミィ、ラーシャ、もう大丈夫だ、俺が来た!」

 「すまない、イジィ私が何も考えず、先行したからこんなことになったんだ。」

 「説教はいますることじゃない。だろ?ミィ」

 「ああ、今はあいつを倒さないと……」


 その返答に、イジィは不敵に笑う。


 「ほう……あなたが私を……。あまり舐めないでもらいたいね」

 「うるせえぞ。人の大事な存在に手を出そうとしたんだ。わかってるよな?」

 「ふん、結界を破ったからと、図に乗らないことだ。」




 「なら、さっさと戦おうぜ。科学の邪神」










法者ファイル

シーア=ジルレフォード

前の世界で、美穂の親友だった呪の法者。理屈よりも本能で戦場で向かう事が多く、なにかとトラブルメーカーであったが、法者のムードメーカー的な存在。科学の邪神に捕らえられた人たちを救うために単騎で、邪神のもとへ突撃。全員救出したものの、逃がす過程で致命傷を負い死亡。

大好きなものは、英司と美穂のじれったい様を見ることだ!

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