第9話 悪役貴族

 美穂との楽しい昔話を終え、俺は午前の授業をしていた教室に戻ってきていた。


 昼飯は、美穂と食堂で食べてきた。周囲の目が刺さるようだったが、なんとか耐えた。


 「なあユナ。お前、ノアのところで何してるんだ?」

 「ノアさんの中で私は、エイジ様に慰み者として扱われている可哀そうなメイド。となっているのよ。」

 「なにそれ?それもイーヴィルの指示?」

 「半分はそう。でも、ハーレムメンバーの一員に潜り込んだのは、私の判断。イーヴィル様は自分じゃ勇者の動向を探れないから、私に調査をしてほしい。と言っただけです。」


 まとめると、イーヴィルは不用意にノアに近づけない。だから、ユナが可哀そうなメイドを演じて、ハーレムメンバーに入り込んだという事か。他に方法はなかったのか?


 「それじゃあ、俺の評判がまた悪くなるじゃないか。」

 「大丈夫ですよ。あなたを嫌っているのは、汚職にまみれた野蛮な貴族か、なにも知らないで正義を自称するガキたちだけですから。」

 「前々から思ってたけど、ホントに口悪いな。あの時の可愛さはどこに行ったんだよ。」

 「は!この世界での年齢は14かもしれませんが、前世も入れたらあなたいい年でしょう?」

 「あ?いうんじゃねえよこの野郎!その問題からは目を背けてたのに!」


 確かに、俺の精神年齢は今いくつなのかが分からない。

 だが、周りより圧倒的に高いのは分かる。だからこそ困るんだ。この世界の常識と、前の世界の常識がせめぎ合って、なにがなんだかわからなくなる時がある。


 「なあ~、ノア。いつお前は会長に婚約を申し入れるんだ?」

 「な、なにを言うんだ!そんなの、恥ずかしいだろ……。」


 ユナと話していると、あまりにも能天気な話が聞こえてくる。


 ノアと、その友人が話しているようだった。近くにハーレムメンバーもいる中で、よく女性関係の話が出来るよな。


 「恥ずかしいって言っても、会長もお前も両思いだろ?なら、ビビることないって!早く婚約して、勇者の力を高めちまえよ。」

 「そうは言うけど、ミホだって一人の女性なんだ。勇者の力を引き上げるための道具としてじゃなくて、一人の女性として見てるんだ。」

 「なら、なおさらだよ。お互い想い合ってるなら、他の誰かにとられないうちに、婚約結んどけって。」

 「そう……いうものなのかな?分かった。今日、放課後にプロポーズするよ。」


 俺は少し焦った。美穂が、勇者の婚約者の立場を捨てない事。それのせいで、おそらくノアのプロポーズは成功する。それが主人公パワーともいえる。相手の意志に関係なく世界が動く。


 このままでは、美穂が取られてしまう。


 「エイジ様、ミホ様と一緒に駆け落ちしてはどうでしょう?」

 「なんでそんなことを言う?」

 「エイジ様、バレバレですよ。もしかして、ミホ様って、あなたと同じ転生者だったりします?」

 「まあ、その通りだ。美穂は俺と恋人関係だったんだ―――」


 ユナは、俺の話を最後まで聞いてくれた。こういう時は真面目に聞いてくれるんだな。


 最後まで話を聞いたユナは、軽くため息をした後一言。


 「なにうじうじしてるんですか?」

 「は?あいつには婚約者もいるし、なんなら駆け落ちしようと言ったら断られたんだぞ?」

 「私の言葉遣いに噛みつくあなたはどこに行ったんですか?あなたは知らないでしょうが、アールツノイツ家は、特殊な家なんです。」

 「特殊な家?」

 「はい。あの家には、代々伝わる術があるんです。それが『能力強化アストロブースト』。初めて体を交えた相手の能力を引き上げる術です。」

 「それを使って、勇者を強化しようと?」

 「そうです。でも、あの偽善勇者はミホ様に本気で惚れてます。だから、まだあの二人は体を交えていません。」


 なんとなくわかった。美穂は、己の使命を果たそうとしているんだ。だから、俺の提案も……。


 そう考えると、少し楽になった。


 「ユナ……。」

 「なんでしょうか?」

 「手伝ってくれ。美穂を……攫う。」

 「分かりました。では、逃走経路と逃走後の変装用の仮面を用意しておきますね。」

 「助かる。」


 こういう時は協力してくれるんだな。ユナは良い奴なのか、それとも嫌な奴なのか、いよいよ分からなくなってきた。


 「しかし、なぜ攫うのですか?勇者のプロポーズをぶっ壊すだけで充分でしょ?」

 「わかってないなぁ!こういうのはな、ド派手にやるもんなんだよ!」

 「そうですか。私、なんだか楽しくなってきました!」


 我ながら、中々いかついことをしでかすと思う。でも、誰にも美穂は渡したくない。前世でしたあんな惨めな思いは、もうしたくない。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 放課後、ミホ=アールツノイツは勇者ノアに呼び出されていた。


 「ノア、話とは何だ?」

 「み、ミホ。単刀直入に言うね。」

 「はぁ……」

 「俺と、婚約してほしいんだ!もう、君への気持ちが抑えられない!俺と―――いや、僕と結婚してください!」

 「わ、わかっ―――」


 バチン


 美穂の返事は、途中で中断される。


 なにか電気が走るような音がして、呼び出しを受けていた部屋の照明が落ちたのだ。


 「ミホ、大丈夫か?」

 「あ、ああ、私はだいじょ―――きゃっ!?」

 「どうした!?」


 そして、照明が元に戻ると、部屋にいた人間が一人増えていた。


 それは言うまでもなく、英司だ。


 「英司、お前……」

 「悪いな。お前にどんな使命があっても、責任があっても、俺はお前を諦められない。」

 「お前、何をしているのか分かっているのか?」

 「俺はお前を攫う。だから、お前の意見は求めない。」

 「な、なにを!?―――うっ!?」


 俺は、【スタンボルト】で、美穂を気絶させる。

 すると、ノアは激昂した。


 「お前、エイジ、てめえ!」

 「おっと、語彙力はサル以下だな?すまない。それはサルに失礼だったかな?」

 「馬鹿にするな!」

 「馬鹿にしてるんじゃない。貶してんだよ。察せよ」

 「この……ミホを解放しろ!」


 この際だ。こいつとは完全に敵対しよう。完全に敵になって、貴族を捨てて、冒険者としてやっていくんだ。


 「ククククククククックク!」

 「な、なんだよ!」

 「俺が、こんな上玉見逃すわけがないだろ?胸もでかけりゃ、ケツも綺麗ときた。おまけに、そんなエロボディをしながらのこの顔。ちったあ分かれよ、童貞がよ。」

 「こんのクソ野郎!」


 さて、そろそろ行くか。


 「じゃあな、【偽善】の勇者様?」

 「ふっざけるな!ミホを返せ!」

 「返すわけないだろ?この女は、俺の物だ。悔しかったら俺より強くなって奪い返せ!」


 こうして俺は、ミホ=アールツノイツを攫った。


 次の日から、王都で俺は、生死不問の指名手配犯となった。 

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