第8話 昔話
亜希永美穂
彼女との出会いは、初めての法者会議と言われるものだった。当時は、同じ日本出身という事で意気投合した。
最初のころの彼女に対する印象は、綺麗で美しくて気丈で理想的な女性。そう思った。
でも、その印象は、その後の遠征ですぐに崩れた。仲間の抗者が一人死ぬだけで、悲しみふさぎ込んだ。中でも、仲良くなった女性抗者が死んだとき、彼女はひどく落ち込んだ。
俺も、どうしていいのか分からずただ傍にいただけだった。
この時俺は、彼女のことを気丈にふるまってるだけで、寂しがり屋で不安を覚えやすい女性というだと思った。
そんな美穂は、なぜか俺を好きになってくれた。
たぶん彼女は、どんなことがあっても黙って傍にいてくれた俺のことを意識すようになったんだと思う。
兆しはあった。いつからか、いい雰囲気になることも多くなった。彼女からのボディタッチが増えてきた。
彼女なりのスキンシップが多くなったのだ。気付かない方がおかしい。でも、俺は大きな勘違いをしてしまった。
彼女が告白してこなかったのは、単に法者としての責務に全うするために色恋を持ち込まないようにしてるのだと思った。
でも違った。単純に恥ずかしかっただけらしい。彼女に告白された時、そう言われた。だからこそ後悔してる。俺が美穂の気持ちに気付いた時、俺から告白していれば、もっと長く入れたはずなのに……
でも世界が変わって、俺達は再会して。多分チャンスなんだと思う。前世ではできなかったこと。買い物デートとか食事デートとか、やりたいことはたくさんある。
あの荒んだ世界で出来なかったことを、俺は一緒にやりたい。ダメかな?―――美穂
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
生徒会室で再会を果たした俺たちは、前世のことを語り合っていた。
「それで、私が死んだ後どうなったんだ?」
「デストは倒した。でも、倒すときに地球もろとも貫いたから。多分誰も助かってないと思う。」
「そうか……お前はいつ死んだんだ?」
「美穂が死んでからすぐだな。致命の一撃をもらった後に契約を結んだから。」
「契約……?まあいい。英司はこの世界に来て、なにに感動した?」
他愛無い会話だ。この世界では普通のことなんだろうが、俺達にとっては中々ありえないことだ。世界も荒んでいれば、人の心も荒む。こんな会話はほとんどしたことない。
「感動したって言ったら、飯が上手いことだな。」
「それはわかるな。やっぱり毎日硬いパンと塩辛い肉だけだったからな。たまにスープが出るくらい。しかも軒並み冷めたものばかり。毒が入ってるんじゃないかって怯えてもいたな。」
「あー、あったね。邪神のスパイがいるんじゃないか、ってすごい疑心暗鬼になった期間もあったな。」
「でもな、私が一番感動したのは、この世界の人間早くても60代までは生きているんだ。運が良ければ孫の顔が見れるんだぞ。私たちの世界じゃ、子供の成長すら見届けられないことすらも普通だったのに。」
前の世界の平均寿命は、40代後半。どんな人間も50代に到達した者は存在しない。そんな世界だ。親の愛情というものも中々受けづらい世界だ。
「大人が死ぬときは皆悲惨な死に方をするからな。とても見てられなかったよ。」
「ああ、眠れなくなってどんどん衰弱していく。お前の両親ほどじゃないが、私の両親のそんな姿は見てられなかった。本当につらかった。」
彼女の両親は、ほぼ同時に不眠症を引き起こし、衰弱死していった。俺も、美穂の両親を看取ったが、二人共本当に苦しそうだった。
不意に美穂の手が俺に触れる。でもお互いに手を退けることはしない。むしろ、手を繋ぐ。
「なあ俺達、もう一度付き合わないか?貴族なんていう地位も捨てて、冒険者として二人で生きていこうぜ。俺達なら、すぐに儲けが出るよ。」
その言葉に、美穂は握る力が一瞬強くなるも、すぐに元に戻る。
「魅力的な提案だ。でも、私にはできないんだ。」
「どうして?」
「私は、勇者ノアの婚約者なんだ。」
「そうか……。なら、さっきのノアの行動も理解できた。」
なんとなく気付いてた。周りに女子が沢山いるのに、わざわざ美穂を昼食に誘った。その時点でなんとなくわかってた。
「好きなのか?ノアのこと。」
「いいや、どちらかと言うと嫌いだ。戦いも知らない癖に、勇者に選ばれたからと正義のヒーローごっこ。お前の行動を阻害するばかり。」
「そうか。なら俺と一緒に駆け落ちしないか?」
「お前は、未だに私のことが好きなのか?」
「好きだよ。じゃなきゃ駆け落ちなんて選択肢は出さない。」
多分とかじゃなく、まぎれもなく俺は美穂のことが好きだ。俺は別に貴族という地位に執着していない。最悪、失っても構わないとは思ってる。
「お前にも婚約者がいるのではないか?」
「名前も、過去も、どこで知り合ったかもわからない奴のことなんか、好きにならないよ。俺はそんなに好色家じゃない。」
「確かに、お前は私以外とは体を重ねなかったな。」
お前は、色んな男と体を重ねてたんだろ?
そんなことを考えるも、俺は口に出さない。今のこの雰囲気を壊したくないからな。
「駆け落ち……か。したいものだな。なんで貴族に生まれたんだろうか?別に力が継承されるのなら、平民だとしても冒険者でやっていけるのに……。」
「美穂も力が継承されているんだな。」
「そうだな。ある意味、法者としての力は、私たちにとってある意味呪いだ。戦いを強要されるだけの力。こんなもの無ければよかった。そう思ったことは何度あったか。」
「でも、どんなにつらくても、誰かのために戦う。それが法者の使命。そして運命。美穂はそれから逃げなかった。本当に偉いともうよ。」
「英司も同じだろ?」
違うよ。俺は最後の最後で、法者としての責任を放棄した。最後の最後で、俺は悪魔と契約した。俺は彼女とは違う。
俺は逃げたんだ。一時の感情だけで、みんながいる地球を貫いた。
もしかして俺って、美穂と一緒にいる資格ない感じ?
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