第5話 決闘後

 耳が痛くなるほどの静寂の中、決闘は終わりを告げるが、ユナはその様子を寂しそうに見ていた。


 「イーヴィル様、まだそこにおられるのですか?私はどうすればよいのでしょうか?」


 ユナが長年仕えていたのはイーヴィルだ。どんな貴族よりも悪行を許さず、秘密裏にそれらを片付けていくさまも見てきた。

 そんな中で、ユナは自覚できるほどの大きな恋心を抱いてしまっていたのだ。


 しかし、そんなユナの心は届かない。

 なぜなら、エイジが契約の6年を経て、戻ってきたからだ。


 しかし、ユナはくじけない。


 「イーヴィル様、エイジ様の手伝いをしていたら、いつかまた会えるでしょうか?」


 そしてまた訪れるイーヴィルとの再会を願って。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「ふー、ユナはどこまで知ってるんだ?」

 「というと?」

 「分かってるのに聞くのな?まあいいや、どうせ前世のこととか、かなり詳しい世界情勢まで聞いてるんじゃないのか?」


 決闘騒ぎから数時間が経ち、時刻はもう夜だ。一通りユナから話を聞いたのだが、自分の置かれている状況が非常にまずいことを確認させられる。


 最初に、俺の記憶には6年の空白があること。俺の記憶が6年分存在しないのは、イーヴィルとの契約。そして、6年間の行動の大半が、勇者に邪魔され、見事に悪役貴族というポジションを手に入れたらしい。全く嬉しくない。どうしてくれるんだ、俺の学園生活。


 簡潔に説明すると、そういう感じで、今の俺は大分人から嫌われているらしい。


 そして当のイーヴィルは、契約の6年が終了し俺の中で静かにしているらしい。引っ叩きたいから出てきて欲しい。というか、契約した記憶が本当にないんだが?


 いや、心当たりはある。最終決戦のとき、なんの前触れもなく強力な力を手に入れている。そこか?契約したことを忘れることを条件として結んだのか?

 そのタイミングとしか考えられない。


 「そうですね。ある程度話は聞かされています。あなたに協力してやって欲しいとも。」

 「だったら、こんなひどい状況にしないで欲しかったなあ。」

 「何もかも、あの勇者を名乗るノアとかいう奴のせいです。恨むのならそちらにしてください。」

 「はいはい」


 ユナは、十中八九忠誠心を超えた感情を、イーヴィルという奴に抱いているな。別に嫉妬とかはしてないぞ。


 コンコン


 話し合いの中、俺の部屋の扉がノックされる。


 「……?ユナ、誰か呼んだ?」

 「いえ、特には。」

 「まあいいか。開いてるぞー。」


 ガチャリと音を立てて開いたドアの奥には、スケスケのネグリジェを着た女の子が立っていた。


 その女の子は震え声で「失礼します」と言いながら、部屋に入って来た。


 「(ユナ、あいつ誰だ?)」

 「(そういえば知りませんでしたね。あの方が、あなたの婚約者の侯爵家ハイヴィスカス家の長女、ヴィオラ=ハイヴィスカス様です。)」

 「(あ、じゃあ決闘で俺が勝った場合、あの娘が体で払うって話だったの?)」

 「(そうなりますね)」

 「なにしてくれてんだよ!」

 「!?」


 俺がいきなり大声を出したことによって、ヴィオラが目に見えて怯える。


 「そ、その決闘の代価を払いに来ました。」

 「(おい、どうすんだよ)」

 「(頑張ってください。)」


 ぶっ飛ばすぞ!


 考えろ俺。知らない女を抱けとか言われても嫌だぞ。そりゃ確かに彼女は発育も良いから、俺の性格がこんなんじゃなければ抱いているだろう。ただ、今この場で抱くのは、俺の悪役的立場を加速させてしまうし、なにより彼女を傷つける。


 あ、そうだ。


 「部屋の掃除でもするんだな。体で払うんだろ?なら、肉体労働で払ってもらうからな。」

 「え!?」


 俺の言葉に、ヴィオラは唖然としていた。そんな状況でユナは俺の頭を引っ叩いてきやがった。


 「(エイジ様、覚悟をもっていらっしゃられた女性にそのような扱いは最低です。)」

 「(知るか!イーヴィルって奴が作り出した状況だろ。なんでそいつはこんなものを賭けた!)」

 「(エイジ様、女性はあなたが思われてる以上に繊細です。優しく接してあげなければ。)」

 「(美穂はそこらへん適当だったぞ?)」

 「(それは、ミホ様がガサツなだけです!とにかくフォローを!)」


 一通りユナの説教を受けた後、もう一度ヴィオラに向き直る。


 「あー、掃除の仕方を知らないのなら、そこのメイドに聞け。」

 「え、あ、はい。エイジ様、私はそんなに魅力がないでしょうか?」

 「そういう事じゃない。体で払えとしか俺は言っていない。別に性交をするとは一言も言ってないぞ。」

 「確かにそうですが……。やはり私みたいに不必要に胸の大きい女は嫌いですか?」

 「もう黙って掃除しろ。誰も体型のことなんか気にしてねえ。」


 もしかして、こいつめんどくさいのか?


 「(めんどくさい。そう思いましたね?)」

 「(ナチュラルに心を読むな。気持ち悪い。)」

 「(ヴィオラ様は、人より発育した体をコンプレックスに思ってらっしゃいます。)」

 「(でも美穂は、『エロい体しやがって!』とか言いながら、お尻とか叩くと悦んでたぞ?)」

 「(それはマゾなだけです!ていうか何ナチュラルにスパンキングとかしてるんですか!あなたたちの世界って、邪神と戦争してたんでしょ!?)」

 「(邪神と戦争してたから、娯楽がこれしかなかったんだよ。俺は違うけど、どうせ美穂はほかの男にも抱かれてるよ。そういう世界だからな。)」

 「もう私はあなた達が分かりませんっ!」

 「わかったわかった。急に大きな声を出すな。」


 ほら、ヴィオラがびっくりして震えてるじゃないか。ん?俺見て震えてない?


 「とにかく、女生徒は本来優しく接してあげるものです。覚悟に対しては誠実さを見せなければ。」

 「体で払えに対して勝手に、セックスと勘違いした奴の覚悟なんていらねえよ。」

 「あー、またそういうこと言う―」

 「子供か……。」


 なんだろう、ユナから敬語が消えた気がする。


 「あー、もういいです!あなたに敬語を使うのも馬鹿らしい気がしてきました。私の心は全てイーヴィル様に捧げると決めたんです!

 はいこれ!」

 「なにこれ?」


 ユナが啖呵を切って渡してきたのは、一枚のスクロールだった。基本、魔術的なスクロールには方陣と術名が描かれているのだが、彼女が持っているものは単純な円だけが描かれたものだった。


 「イーヴィル様からあなたへの贈り物。円の中に手をかざせば、術が発動するって。」

 「公的な場じゃないとはいえ、敬語は使ってくれよ、体裁的に。まあ、俺はいいんだけど。」


 そう言いながら、スクロールに手を当てると、術が発動して、俺が失った記憶が戻ってきた。


 そうだ。契約を持ち掛けたのはあいつだけど、結局力を求めたのは、契約を了承したのは俺だ。そうだ。契約内容に6年の記憶譲渡もあったな。


 てことは、今の状況は、俺の弱さのせいか?


 考えても仕方ない。前の世界に比べたら、前の世界より人が冷たいだけで、食事も寝る環境もそろってる。ずっとこっちの方が幸せだ。


 「これでいいか?」

 「うん。でも、私は諦めないからね。あなたの中からイーヴィル様を、必ず引きずり出して見せる。」

 「俺も手伝うよ。イーヴィルと少し話をしてみたいからな。」

 「あのー……」


 俺とユナの話がまとまったところで、ヴィオラが話しかけてくる。


 「どういうことですか?」

 「「あ……」」


 こいつがいたの忘れてた!

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